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五話 赫燕将軍 1

玉蓮(ぎょくれん)。私が言いたいことは理解していると思うが……」


 ぴくりと玉蓮の肩が動いた。脳裏には昼間の己の行いが蘇る。


「お前が磨く才は、国のため、民のため、そして己の正義のために振るわれるべきだ。決して、無辜(むこ)の民を蹂躙(じゅうりん)する道具であってはならぬぞ」


「……はい」


 玉蓮は、ただ、そう答えることしかできなかった。


「私的な感情で力を振るってはならぬ。それは、ただの暴力だ。お前のその小さな拳では、まだ何も守れはしないのだから」


 劉義(りゅうぎ)の視線が玉蓮の固く握られた拳と、伏せた顔に突き刺さり、さらに身体を固くする。


「申し訳ありません」と言わなければならないとわかっていても、それを口にすることがどうしてもできない。


 下唇を噛み締めていると、目の前の瞳が、ふと、玉蓮を通り越して、どこか遠くを見るような色を帯びた。その目に映るのは、ここにいない誰かの影。玉蓮は、思わず息を殺して、その視線の先にあるはずの幻影を探った。


「先生?」


「……お前のその才は本物だ。だがな、才というものは時に持ち主を、そして周りの人間をも破滅させる諸刃(もろは)の剣にもなる。力と憎しみが分かち難く結びついた時、人は道を誤るのだ」


「……道」


「……お前のその打ち方は……まるであやつのようだ」


 劉義が、苦いものを噛み潰したように呟いた。


「あやつ、ですか?」


「私の、愚かな弟弟子だ。……名を、赫燕(かくえん)という」


 その名が口にされた瞬間、玉蓮の心臓が、一拍、強く脈打つ。赫燕(かくえん)将軍。白楊(はくよう)国最強の怪物。


 塾でも奇異な天才として彼の名は噂に上っていた。赫燕(かくえん)将軍は、白楊軍を駆け上がるようにして出世し、若くして将軍となった稀有(けう)な存在だ。


 八尺五寸とも言われる体躯(たいく)と、美しい風采(ふうさい)に加えて、その聡明さ。そして何よりも、王が自ら(えい)じたという詩が、その名をさらに特別なものにしていた。



 ◇◇◇◇

 魁偉(かいい) 龍姿(りゅうし)  鳳貌(ほうぼう) 赫然(かくぜん)


 鬼才(きさい) 天授(てんじゅ)  兵道(へいどう) 莫測(ばくそく)



 ※

 雄々(おお)しく威風堂々(いふうどうどう)たる龍の姿、鳳凰(ほうおう)のごとき容貌(ようぼう)が際立ち輝いている。その才は鬼神(きじん)の如く、天に授けられしもの。兵法(へいほう)の奥深さは測り知れず。


 ◇◇◇◇



 兄弟弟子たちは、赫燕(かくえん)の軍略とともに、この詩を何度も口にした。

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