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四十九話 戦場の華

 地面に落ちた劉永(りゅうえい)へ、敵の猛攻が止まらない。玄済(げんさい)の兵士たちは、獲物を狙う獣のように彼に群がり、その刃を容赦なく振り下ろそうとしていた。


「確実に殺せ! あの旗は、白楊(はくよう)国・大都督(だいととく)の子、劉永だぞ!」


 敵兵の叫び声が、戦場に響き渡る。


「永兄様!」


 玉蓮の馬が、疾風(しっぷう)のように劉永と玄済(げんさい)兵の間へと割り込んだ。その(たてがみ)を激しくなびかせ、(ひづめ)で地面を蹴りながら一直線に駆け抜ける。


 玉蓮は剣を抜き放った。その切っ先が(ひらめ)くたび、金属的な音が虚空(きょくう)に響き、玄済(げんさい)兵の首が次々と宙を舞う。


「ひ、姫様!?」


 ふと視界の端に、温泰(おんたい)の姿が映る。


 返り血が、赤い花弁のように舞い散り、玉蓮の白い頬を濡らした。その生温かい感触が、むしろ心地よい。聞こえるのは自分の呼吸と鼓動だけ。全てが見える。剣の軌道も、血の軌跡も。まるで別の時間を生きているように。血を浴びた頬が、ふっと緩んだ。


 玉蓮の周りには、瞬く間に玄済(げんさい)兵の(しかばね)が積み上がっていく。しかし、敵側の数は圧倒的であり、次から次へと新たな兵が押し寄せてくる。


 玉蓮は、劉永にさらなる危険が及ばぬよう、彼を背後に庇いながら剣を振るい続けた。自らの紫紺(しこん)の衣が、返り血でじっとりと重くなっていく。視界の端に映るその赤黒い色は、まるで、自分が血の花と成り果てたかのようだった。


温泰(おんたい)! (えい)兄様に息はあるか!」


「は、はっ! か、微かですが、確かにございます!」


(えい)兄様を馬に乗せよ! 脱出する!」


「はっ!」


 玉蓮の声が乱戦の只中を切り裂く。温泰(おんたい)は素早く反応し、一人の兵士の馬に劉永を押し上げた。


「退路は、我らが確保している! 劉永隊、脱出隊形を取れ!」


 玉蓮は叫ぶ。


「姫様! 姫様もお先に!」


 温泰(おんたい)が、懇願するように声を上げた。しかし、玉蓮は首を横に振る。


「よい! 私が殿(しんがり)を務める! 行くぞ!」


 彼女は馬首を巡らせ、押し寄せる玄済(げんさい)兵の波に立ちはだかる。その姿に、後退しかけていた劉永隊の兵士たちの足が止まり、再び雄叫びを上げて敵に向かっていくのが見えた。


 その時、玄済(げんさい)兵の中から、将軍格の男が玉蓮を指差して叫んだ。


「あれは、白楊(はくよう)の姫だぞ! 捕らえれば一攫千金だ!」


 その声に、玄済(げんさい)兵が獲物を見つけたように玉蓮に群がる。彼らの口から漏れるのは、もはや言葉ではない。(よだれ)が絡んだような息遣いと、獣の唸り声。


 味方の死体を踏み越え、我先にと突き出してくる槍の穂先(ほさき)が、姫という名の金貨だけを追ってぎらついている。


 玉蓮は、一瞬にして玄済(げんさい)兵の波に飲み込まれそうになる。


「おい、玉蓮! いい加減にしろ!」


 その塊を、側面から数騎の黒い影が突き破った。朱飛(しゅひ)隊の兵が嵐のように敵陣の群れに突進し、一瞬にしてその包囲を切り裂く。


「俺たちも抜けるぞ! お前が死んだら、俺たちは朱飛さんに顔向けできねえんだよ!」


 玉蓮にそう叫ぶ。さらには白楊(はくよう)の軍がそこに割り込んだ。


「くっ……抜けるぞ!」


 なんとか馬を走らせ、包囲を抜けていく。




 後退した先で、玉蓮は周囲を見渡した。出発の時に三十騎いたはずの朱飛隊の兵は、その数を十騎余りにまで減らしていた。その誰もが、深手を負っている。


「……はっ……はぁ」


 玉蓮の脳裏に蘇る、悪態をつきながら笑っていた、あの若い兵士の顔。風に揺れる、彼の空になった(くら)がギィと軋む音だけが、やけに大きく耳に届いた。


 あれほど澄み切っていた世界が、急速に元の混沌とした色と音を取り戻していく。全身を襲う疲労と、斬りつけた肉の感触。玉蓮は、(くら)から目を逸らすことができなかった。

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