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四十八話 死地へ 2


 玉蓮は、間近に迫っていた。煙の切れ間に藍色の旗が(ひるがえ)り、白い『劉』の文字が現れた。視界を遮るほどの土埃が舞い上がり、兵士たちの怒号が、すぐ側で耳をつんざく。吸い込んだ瞬間、吐き出したくなるほどの血と土の匂いが喉を焼いていく。


 そんな喧騒(けんそう)と混沌の中で、玉蓮の視線は一点だけに向けられていた。自軍の将が、敵兵に追い詰められ、今にも討ち取られようとしている。数えきれないほどの敵兵が、将を取り囲み、その命を狙っている。


 その絶望的な状況の中へ走った、一筋の閃光(せんこう)。劉永が電光石火の如く敵兵の群れに突進していく。まるで嵐のように敵陣を貫いた。彼の剣はしなやかに宙を舞い、敵の盾を砕き、甲冑(かっちゅう)を貫いていく。


(強い——(えい)兄様!)


 しかし、次の瞬間。崩れた自軍の将軍を(かば)い、劉永が前に躍り出る。その無防備な背後、死角から玄済(げんさい)国の甲冑(かっちゅう)を着た男が、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて踏み込んだ。


 男の剣が、銀色の軌跡(きせき)を描く。劉永の甲冑(かっちゅう)の隙間、脇腹へ。吸い込まれるように。


 戦場の轟音の中でも、その肉を断つ湿った音だけが、玉蓮の耳元で鳴ったかのように生々しく響いた。


「ぁ……」


 舞い上がった血飛沫(ちしぶき)の一粒一粒が、まるで紅い宝石のように、玉蓮の瞳に映った。肺から、全ての空気が奪われる。全身の血が、一度に逆流していく。


「——(えい)兄様ァッ!」


 玉蓮の絶叫が、血濡れた空気を切り裂いた。喉が裂けんばかりの悲鳴。


 視線の先、劉永の顔には苦悶(くもん)の表情が深く刻まれ、その体が馬上から、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちるのが見えた。


「ど、どけ! 通せッ!」


 玉蓮は叫びながら、劉永のもとへ馬を飛ばす。彼の身体を赤く染める血の海。その鮮烈な赤が、玉蓮の視界の全てを塗りつぶす。人影が駆け寄り、劉永を抱きかかえるのが見えた。温泰(おんたい)だ。彼の、何事かを叫ぶ唇の動きと、その腕の震えだけが、音のない絵のように、瞳に焼き付いた。

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