四十四話 王家の血脈 2
「さらには、元々、馮貴妃付きだった奴婢が、火災よりも少し前に崔王后の宮に贈られている。その者が手先となった……そう考えるのが、最も筋が通る。芳梅……宮女の名前には辿り着いたのですが、その者はその火災で死んでいる。結局、現段階では全て推測です。より多くの証拠が必要なのです」
馬斗琉が、険しい顔で周囲を警戒し、さらに声を低くする。
「……崔瑾様、どうか慎重に。これは太后派に攻撃を仕掛けるのと同義です。崔家は、王后を輩出すると同時に、代々王族が降嫁する名門。崔瑾様にも、王家の血が流れております」
馬斗琉は、主の顔を真っ直ぐに見据えた。
「大王にとって、優秀すぎる貴方様は『目の上の瘤』。太后様の入れ知恵もありましょうが、大王ご自身も、貴方様を恐れ、排除しようとなされています……」
崔瑾は、行き場のない拳を強く握りしめた。一族に刃を向けるなど、王座を巡る歴史の中では珍しいことではない。
「……わかっている。大王は私の従兄弟だが、同時に、私の首を誰よりも欲しているのだろう。私が息をしているだけで、玉座が脅かされるとお考えだ」
「ならば、なおのこと慎重に動く必要があります。いつ敵側の手が——」
「だが、真実を知らぬまま殺されるつもりはない。叔母上の死の真相、そしてこの国を腐らせている毒の正体を暴くまでは」
崔瑾の瞳に冷たい光が宿る。
「阿扇、調査を頼みます。王后宮の火災記録、太医局の診簿。そして、香の入手経路を。当時、誰が出世したか誰が排除されたか、記録を追うために人事記録も手に入れてください」
「はっ、必ず。ですが崔瑾様、侍女たちの検死を行った診簿は……煤を吸い込んだ量が少なかったという結果を太后側が残すはずが……」
阿扇が何かに気づいたように、ハッと息を漏らした。
「そうです、阿扇。そんな記録は、ないはずです」
「……承知いたしました。『書き換えられた記録』がないか、徹底的に探します」
「お願いします。崔王后が亡くなった前年・当年・翌年だけ写しを。名は伏せ、決して気づかれぬように」
「はっ」
崔瑾は、ふと視線をめぐらせて口元に手を置いた。
「阿扇、最後にもう一つ。北厳寺への寄進記録を洗ってください」
「北厳寺……。崔王后様が眠っておられるという、あの河伯の水源近くにある寺ですか?」
「はい。太后は毎年、そこへ目を疑うような額の黄金を納めている。……だが、あの合理主義者が、目に見えぬ功徳のためにこれほどの私財を投じるとは思えない。過剰な信仰心は、祈りのためではなく……」
「——何かを隠し通すための代価、ですね。即刻動きます」
そう答えて、阿扇は音もなく回廊の奥へ消えた。崔瑾は再び目を閉じ、噂を心の中で並べる。
——崔王后が亡くなった、宮の火災。
——馮貴妃から贈られた香と消えた悲鳴。
——そして、真相を知る者たちの、不自然な栄転。
「崔瑾様」
「もはや、あちらは隠すこともしなくなってきた。早々に止めねば、我が国は沈みゆく船も同様です」
崔瑾は、その深緋の衣を翻し、回廊の深い闇へと歩を進めた。




