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四十四話 王家の血脈 1


 謁見(えっけん)の間を出ると、側近の馬斗琉(ばとる)阿扇(あせん)がゆっくりと歩み寄る。三人で回廊(かいろう)を進み、しばらくしたところで崔瑾(さいきん)はひんやりとした石造りの壁に背を預け、静かに目を閉じる。


 玉座の残り香が、まだ鼻腔(びこう)にまとわりつくようだった。甘く濃い——後宮の最奥の香。


「崔瑾様? 大王へのご報告で何かございましたか」


 そばに控えていた阿扇(あせん)が、崔瑾の異変を察してか、控えめに声をかける。


「いえ……」


 崔瑾は一度目を閉じるとゆっくりと開き、謁見の間の方角を見やった。


(この国に巣食うは、蜘蛛か)


 指で顎先を数度さする。


馬斗琉(ばとる)阿扇(あせん)……王の誕生から数年後に発生した当時の王后(おうこう)……崔王后(さいおうこう)の宮での火災の詳細をより深く調べましょう」


 阿扇(あせん)は、その緑色の大きな瞳を動かして馬斗琉(ばとる)に視線を向ける。


「父上が言い遺したのです。闇が深まる前に、それを探るように、と」


 馬斗琉(ばとる)は一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、すぐに記憶を探るように視線を落とした。


「……崔瑾様の叔母君にあたる、崔王后(さいおうこう)様が命を落とされた件ですな」


 一つ、頷きを返す。


「あの日、現・太后様……(ふう)貴妃(きひ)が駆けつけ、火に飲み込まれた宮から、身を(てい)して幼い王だけを救った。この国で知らぬ者はいない、太后様の『英雄譚(えいゆうたん)』でございましょう」


「……その英雄譚を調べるのです」


 崔瑾の唇が、皮肉に歪んだ。


「かつて戦の際に太后様は、火災で実子の王子を亡くしておられる。だからこそ、燃え盛る火の中へ飛び込み崔王后の王子を救ったのだ、と太后様の慈悲深さを称える逸話として語り継がれています」


「そうです。ですが、結果だけ見れば、王后を排除し、国母である太后(たいこう)の座を手にした」


 馬斗琉(ばとる)が息を呑む。


「確かに……そういえば、燃え盛る宮からは『悲鳴一つ聞こえなかった』とか。それほどに炎の勢いが凄まじいものだったとされていますな」


「悲鳴がなかったのは、火が回る前に全員が意識を失っていたからだとしたら?」


「謀略、だったということですか」


「……あの日、何が火元となったのかを父は調べていました。当時、体調が芳しくなかった王后のために、馮貴妃(ふうきひ)から多くの贈り物があったそうです。安眠のために、香や香炉(こうろ)などが何度も贈られています」


 阿扇(あせん)の瞳が揺れて、「ですが」と声を発する。


「王后様がご使用されるのであれば、太医局の検査があったのでは?」


「確かに検査があったと。ですが、父が怪しんでいた点は、もう一つあるのです。当夜、王后宮では、暖を取るための火鉢に香り豊かな松炭(しょうたん)が使われていたそうです」


「松炭……油が多く、貴人は使わないものですね。それが、猛火を招く火種だったと?」


「その日まで、叔母上はずっと白炭を使用していたと記録にある。なぜ、その日に限って松炭(しょうたん)を使用したのか。王は、火元は、その松炭(しょうたん)だとされ、現場にいた宦官たちを『不始末』の名目で即座に処刑しました。そして、そんな地獄の中から幼い王子だけを救い出した馮貴妃は、英雄となり、新王后となりました」


「できすぎた英雄譚(えいゆうたん)に仕上げたわけですな」

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