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四十三話 血塗られた褒美 2

「大王様、なりませぬ。あれは傾国(けいこく)ともいうべき存在。あの姫を後宮にお入れになることだけは——」


「良い、崔瑾。それよりも、お前が進言していた、大孤(だいこ)*との連合による白楊(はくよう)国侵攻の話があったな」

(*大孤(だいこ)・・・玄済(げんさい)国の北方に位置する騎馬民族国家。)


 一瞬、言葉を失う。しかし、国家の安寧(あんねい)を願う忠臣としての務めが、彼の背筋を伸ばさせた。


「は、大王様。近年の白楊(はくよう)は、その侵攻を止めることなく我が国を侵略しております。国境を荒らし、民を苦しめ、その横暴は目に余るものがございます。その牙を()つために、我が国と大孤(だいこ)国とが手を組み、白楊(はくよう)国を討つ他ないかと——」


 崔瑾は、熱意を込めて現状を訴えた。


 白楊(はくよう)国の侵略は、もはや看過できない域に達している。このままでは、いずれ自国が滅ぼされかねない。国境線は常に緊張状態にあり、いつ大規模な侵攻が起こってもおかしくない状況だった。しかし——



「——理由など良い」



 大王の冷徹な声が、謁見(えっけん)の間の重い空気を震わせ、頭を下げていた崔瑾の瞳が見開く。


「その戦、許可しよう。お前を総大将とし、大孤(だいこ)やその周辺の騎馬民族をまとめあげ、ともに白楊(はくよう)国に侵攻せよ」


 息を呑んだ。ざわりと逆撫でされるような感覚が肌を()っている。


「戦に勝利した(あかつき)には、白菊を献上せよ。血に(まみ)れ、崩れ落ちた姿でも良い」


「だ、大王……!」


 これは、戦の許可ではない。いや、許可ではあるが、それは彼に与えられた名誉ある使命ではなかった。目の前が暗くなり、全身を駆け巡る血液が煮えたぎるような感覚に襲われる。


「お前の進言通りに事が進むのだ。母上も白楊(はくよう)の地を攻めるべきだとおっしゃっている。太后(たいこう)、そして私。この国を治める者が進めと言っておるのだ」


 王は陶酔したように、虚空へ手を伸ばす。


「母上……太后(たいこう)様は、あの日、燃え盛る業火の中から、身を(てい)して私を抱きかかえて救ってくださったのだ。私は母上のために(こう)を尽くさねばならぬ。わかるな」


「ですが」


 王が手に持つ扇が伏せられ、スッと真っ直ぐ崔瑾に向かってあげられる。


「お前が進まねば、お前とお前の軍、そしてお前が治める地の民を殺すまでだ。反逆罪でな」


 王は、子供を(なだ)めるかのように小さいため息を漏らした。


「お前は私の実母の生家、(さい)家の者であろう。ならば、私のためにその身を砕くことこそ、一族の誉れではないか」


 崔瑾は奥歯を噛み締める。血が繋がっているからこそ、道具として使い潰す。いや、我が身に流れる王家の血筋こそ、大王や太后が敵視するもの。


「お前の配下共の姉妹や娘が後宮にいることを忘れるでないぞ。母上が私以上に厳しいお方ということは、わかっているであろう」


「っ——」


「母上の言葉は、常に正しい……そうだな、崔瑾」


 崔瑾は、ほんのわずかに、喉元を締め上げられたかのように息を詰めた。だが、すぐに頭を下げ、自らの拳に爪を立てる。


 それでも、焼け付くような熱を持って、じりじりと胸の奥から込み上げてくるものを、どうすることもできなかった。

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