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四十一話 盤の動き出す音

 天幕の出口の前で、再び対峙し、別れの挨拶を告げ、一礼した。形式的なその流れの中で、玉蓮の視線が崔瑾(さいきん)のそれと、一瞬だけ確かに絡み合う。彼の瞳が流れるように、玉蓮の首元に向けられたのがわかった。


 そして、玉蓮の傍を通り過ぎる、まさにその時。


「公主、あなたの瞳を、私は忘れないでしょう」


 そう告げると、崔瑾はさらに顔を玉蓮の耳元に近づけ、誰にも聞こえぬほどの声で囁いた。


「いつか、その首輪が重くなり、動けなくなる日が来たならば……私が、お助けいたします」


「なっ……」


 その声は、甘い毒のように鼓膜から染み込み、脳髄を痺れさせた。言われた瞬間、自分の首に——あの男に噛まれた痕の上に、見えない輪が嵌められたような、ずしりとした重さを感じて、玉蓮は息を呑んだ。


 赫燕(かくえん)の熱も、伽羅(きゃら)の香りも、全てが一瞬遠のく。言葉の余韻が胸の奥にじわりと沈んでいく。


(——救う?)


 一瞬、脳裏をよぎりそうになる何かを振り切るように、玉蓮は胸に手を置いて、顔を上げる。


「——わたくしには、わたくしの道があります」


 毅然(きぜん)と、揺らめく炎を抑えるように玉蓮がその言葉を口にする。


「それを進むだけです」


 崔瑾の瞳が、一瞬揺れて、そして少しだけ細められる。口元には、ほんのわずかな笑みを浮かべている。


「そうですか。では、私も私の道を進みましょう」


 崔瑾はゆっくりと、しかし丁重に一礼をすると、迷うことなく背を向けてその場を後にする。深緋(こきひ)の衣が光を浴びて揺らめき、颯爽(さっそう)と馬に(また)がる。彼の唇が動き何かを告げると、軍勢が一斉に動き出した。



 その背が遠ざかっていくほどに、胸が少しずつ締め付けられていく。だが玉蓮は、見送ることしかできない。


 離れていく崔瑾とは対照的に、玉蓮を抱く赫燕の腕に、力がこもる。その腕は、距離が開くにつれてさらに強くなっていく。そして、赫燕は去っていく崔瑾の背中に向かってではなく、隣にいる玉蓮にだけ聞こえるように、低い声で吐き捨てた。


「あの男はいつか、自分の信じる『正義』ってやつに殺される。お前みたいな毒を喰らってな」


「……どういうことです」


 赫燕が何を言っているのか、そしてなぜそのようなことを自分に言うのか、理解できずに、思わず口から溢れた。


「……盤が、動き出したってことだ。俺たちの天命ごとな」


 赫燕の笑みは、先ほどまでの愉悦の色を失い、その瞳の奥には何の感情も宿していなかった。


「もう、止まれねえな」

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