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三十九話 駒の価値 1

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇


 全員が席に着くと、早速、子睿(しえい)弁舌(べんぜつ)を振るい始めた。


崔瑾(さいきん)殿。此度(こたび)の捕虜交換、我が方は、貴殿らの兵千人に対し、こちらの兵五百が妥当と考えております。なにせ、貴殿らの兵は、我が方の兵に比べ、いささか……いえ、随分と士気が低いように見受けられますのでな」


 扇子をゆらゆらと揺らしながら挑発的な言葉を投げる子睿に対し、崔瑾は穏やかに口を開く。


「子睿殿。兵の価値は、数や一時的な士気で測るものではありません。一人ひとりが、国を思う心、家族を思う心を持っている。その命の重さに、白楊(はくよう)玄済(げんさい)で違いがありましょうか」


「いやはや、噂に違わぬお方だ。命の重さ、ですか。実に美しい響きです。ですが、その重い命を我らが捕虜としたのは、どこの軍でしたかな? 重い命ならば、なおのこと、失わぬよう戦うのが将の役目では?」


 小馬鹿(こばか)にするような子睿の言葉に、崔瑾は微笑(ほほえ)みを崩さぬまま、静かに言葉を紡いだ。


「おっしゃる通りです。兵を失うは、将の不徳。その責は全てこの崔瑾にありましょう。ですが、それは、兵の価値が下がることを意味しません。私が責を負うからこそ、彼らの命は一つでも多く、故郷へ帰すべきだと考えます。貴殿がもし私の立場であったなら、自らの兵の価値を値切るような交渉をされますか?」


「……これは、一本取られましたな」


 子睿は、(いさぎよ)くそう言うと、扇子で口元を隠し、再び愉しげに笑った。


 互いに腹の底を見せぬまま笑顔を交わす二人。その空気を、低い地響きのような声が断ち切った。


「——くだらねえな」


 その場にいた全員の視線が、声の主の方へ向く。


「じゃあ、あいつらはどうだ?」


 赫燕(かくえん)(あざけ)るように口元を歪め、顎で示した先には、天幕の外に縄で繋がれた玄済(げんさい)の村人たちがいた。彼らの顔には恐怖と絶望が貼り付き、今にも崩れ落ちそうなほどだ。


 赫燕は、指で卓を、トン、と一度だけ叩いた。まるで心底どうでもいいというように、深く椅子に背を預ける。


「兵士の命に重さがあるなら、あいつらは無価値か? それとも、兵士一人と村人百人、どちらが重い?」


 崔瑾の眉が、ほんのわずかに動いた。


(民を駒とする、その思想。憐れむべきか、あるいは、ただ憎むべきか)


 崔瑾は、敢えて柔和な笑みを浮かべてみせた。


「赫燕将軍。民を戦の駒とすること、それは武人の(ほま)れではありますまい。民を守るのが武人の本懐(ほんかい)では?」


(ほま)れで飯が食えるかよ。なあ、玉蓮」


 不意に話を振られ、玉蓮の肩がびくりと震えた。赫燕は彼女の細い腰を、見せつけるように強引に抱き寄せる。その腕に玉蓮がそっと手を重ねるのを見て、崔瑾は密かに息を呑んだ。

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