表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/175

三十五話 盤の仕掛け 2

 赫燕はそこで初めて顔を上げ、氷のような視線を玉蓮の瞳に突き刺すように向けた。そして、(たの)しげに口の端を吊り上げた。


「……どうやら、お前の昔の男が来るらしい」


 肺の空気が、一瞬で凍りついた。脳裏に浮かんだのは、一人、劉永(りゅうえい)の顔。優しい笑顔、真摯(しんし)な眼差し。遠い日の光景が、一度に胸へと雪崩れ込んでくる。


 微かに冷たくなった指先を一瞬だけ握りしめ、彼女はその動揺を悟られぬように、顔の筋肉を強張らせて、次の一手を指した。しかし、赫燕は玉蓮の内心を見透かすように、喉の奥で笑いを響かせるから、本当に意地が悪い。


「図星か。手が遅くなったな」


(えい)兄様は……そのような方ではございません」


 赫燕は、ほんのわずかに眉を動かした——それが嘲笑なのか、あるいは別の感情なのかは読み取れない。


「……なぜ、わたくしまで会談の場に?」


 返らぬ言葉。沈黙が玉蓮の焦りを募らせ、たまらず言葉を継いだ。


「子睿は、軍師であなたの側近です。同行するのが当然でしょう。ですが、一兵卒にすぎぬわたくしが、そのような場に同席するのは、筋が通りません」


 赫燕は喉を鳴らす。玉蓮の焦りそのものを面白がっているかのような、くつくつとした音がやけに響く。


「公主としての参加だ。あちらさんにも伝えてる。まあ、お前がそこにいるだけで、場が揺れる。それだけで充分だ」


 玉蓮の才覚を認めているのか、それとも、ただの駒として弄んでいるのか。彼の言葉の裏に潜む真意を探ろうとしても、その瞳は深淵のように、何も映してはくれない。


「——誘い出されたな」



 ——パチンッ!



 乾いた音が響き、玉蓮の『王(帥)』が逃げ場を失った。相手が最も嫌がる場所に餌を撒き、じっくりと追い詰めた結果の、必然の詰み。


(……誘い出した?)


 玉蓮は息を呑む。彼が楽しんでいるものは、一体なんなのか。


 その獣じみた眼差しは、盤面すら、玉蓮すらも越えて、天幕の外——遥か彼方の闇を見据えている。まるで、そこに潜む巨大な獲物を捉えたかのように。


 玉蓮は、震える指先を隠すように、膝の上で強く拳を握りしめた。不穏な風が、会談前夜の闇の中を一層強く吹き荒らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ