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三十四話 揺れ動く熱 1

 声の振動が、耳から直接、脳を揺らす。親指が、彼女の首筋の脈打つ喉元をつう、となぞった。


 その瞬間、どくん、と。まるで、もう一つ、心の臓が生まれたかのように、脈が跳ねた。その熱い脈動に導かれるように、冷たい刃がそこを貫く幻影が、鮮明に脳裏に浮かぶ。鮮血が舞い、命が絶たれる感触。そのあまりに生々しい死の気配に、玉蓮は耐えきれず、ぎゅっと目蓋(まぶた)を閉じた。


(……喉笛に、剣を)


 喉元に食い込んでいたはずの指の力が、ふっと抜ける。絞め上げる代わりに、親指の腹が、早鐘を打つ玉蓮の脈動を確かめるように、優しく、あまりにも優しく撫でた。


「ん……」


 愛撫へと変わる、その境界線の曖昧さ。なぜか、赫燕(かくえん)の手が微かに震えたような気がして、玉蓮は恐る恐る目を開けた。そこにあるのは、闇を纏った赫燕の美しい瞳。だが、冷徹な(くら)さではない。代わりに揺らめくのは、行き場のない感情を持て余したような痛切な色。


「……っ」


 赫燕の親指が、喉から頬へ、そして玉蓮の柔らかな唇へと滑る。その視線は熱を帯びて玉蓮を捉え、彼の顔がゆっくりと傾いていく。いつもの通り、唇が触れ合うだろう。玉蓮は抗うことを忘れ、そっと目を閉じた。


 彼の唇が近づくのを待つ自分と、その闇に呑まれることを恐れる自分が、胸の中でせめぎ合う。赫燕の吐息が、鼻先をかすめた。その時。



「……朱飛のところへ戻れ」



 ポツリと。吐き捨てるような、けれど(すが)るような低い声が、鼓膜を打った。


(え……?)


 唐突な拒絶。半ば反射的に目蓋(まぶた)を開け、彼の顔を見上げる。赫燕は、苦しげに眉を寄せていた。


(なぜ、そんな瞳を——)


「どう——ンッ!」


 言葉を塞ぐように、彼の唇が押し付けられる。触れ合うなんて優しいものではない。貪るように吸い上げ、舌を絡め取っていく。


「んんッ」


 抵抗する間もなく、彼の腕が玉蓮の腰を強く抱き寄せ、二人の間に隙間を許さない。息もできないほどの激しさに、玉蓮の意識は白く染まる。


「……っは、何っ」


 一瞬離れた唇が、酸素を求める間も与えず、再び深く塞ぐ。玉蓮は彼の胸元を押し返そうと手を置いたが、その僅かな抵抗が、彼の腕をさらに強固にした。玉蓮の髪を撫でる指の動きは乱暴で、その指先は玉蓮の頭皮に食い込む。


「戻れ、いいな」


「——ぁっ」


 拒絶の言葉とは裏腹に、その腕は玉蓮を逃がそうとはしない。命じる唇が、次の瞬間には玉蓮の全てを塞いでいる。思考が追いつかない。熱い舌が口内を蹂躙(じゅうりん)する感覚だけが、鮮烈な現実として脳を焼き尽くしていく。


「あっ……や、ぁ」


 赫燕の体は、己の言葉を裏切るように、玉蓮を寝台へと押し倒す。衣の下から滑り込んだ指が、玉蓮の肌を這い、熱い痕を残していく。


 玉蓮の喉からは、か細い(あえ)ぎが漏れ、彼の熱い吐息が首筋を撫でるたびに、全身が粟立つ。身体は、正直に、そして愚かなほど素直に、その熱を受け入れる準備を始めてしまう。


 つい先ほどまで受け入れていたその熱い体躯。再び受け入れれば、蜜を求める花のように開いていく。


「……玉蓮……は、」


 赫燕の熱が玉蓮の芯を捉え、互いの境界が溶け合うたびに、抗うことのできない悦びが貫いた。赫燕の荒い息遣いが耳元をくすぐり、熱い指先が肌を這う。そのたびに、玉蓮の身体はさらに熱を帯び、意識は朦朧(もうろう)としていく。


「玉蓮……ぎょく、れん」


 その低い声が玉蓮の心の臓に深く染み渡る。優しい声色で名前を呼ぶくせに、その瞳は、深く昏い光を宿している。彼に向けて手を伸ばしたいのに、大きなその手で押さえつけられる。


 赫燕の唇が、何度も何度も玉蓮の白い首筋を這い、吐息と共にその肌に鮮やかな跡を残していく。首筋を熱い舌がなぞり、甘く噛まれるたびに、玉蓮の体は震え、吐息が漏れた。


「……くな……っ」


 (あえ)ぎに混じって、懇願するような、命令するような、途切れた言葉が耳元で響いた。


(今……)


 赫燕の熱い眼差(まなざ)しが玉蓮の瞳を捉え、互いの呼吸が混じり合う。彼の重みが玉蓮の上にのしかかり、熱い雫が玉蓮の肌を滑り落ちる。それは赫燕の汗なのか、それとも玉蓮の涙なのか、もはや区別がつかなかった。

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