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三十三話 喉笛の教え 2

 軍略のやり取りが続く中で、玉蓮が目の前の戦に対する一つの策を口にした。


「敵の陽動に、あえて我が中央主力部隊を乗らせます」


 玉蓮の指が、地図上の自軍の駒を弾いた。乾いた音を立てて、味方の兵が盤上から消える。


「そうして手薄になった本陣を、餌として敵に曝け出す……いえ、もっと深く喰いつかせます」


 玉蓮は、本陣を示す駒を、無造作に後ろへ下げ、横倒しにした。それは「敗走」を意味する形。


「『兵は()をもって立ち、利をもって動く』……敵将は慎重ですが、あなたへの憎悪は深い。ですから、退却の際、兵に『軍旗』を捨てさせます」


 赫燕は顎で先を促す。


「旗を打ち捨て、我先にと逃げ惑う様を見せつけるのです。そうすれば、敵は『赫燕軍が崩壊した』と確信し、罠を疑う理性を失う。功名心に駆られた敵将は、陣形を伸ばしきって飛び込んでくるはずです」


 躊躇(ためら)いなどない。その冷徹な指先に、赫燕のそれを宿らせる。


「間延びした敵の隊列を、この谷間で引き受けます。伏せていた歩兵で退路を断ち、袋のネズミにする。……ですが、包囲はしません」


「なぜだ」


「包囲すれば、敵は死に物狂いで抵抗します。こちらの損失も増える。ですから——」


 玉蓮の指が、敵の背後に回り込む経路を鋭くなぞった。


(じん)と朱飛の騎馬隊を、敵の両脇から、一点、敵将の首だけを目掛けて突っ込ませます。一撃必殺。総大将の首を確実に仕留めます」


 指先を弾き、敵将の駒を盤外へ突き飛ばした。鋭い音が天幕に響く。


「軍を壊すのではありません。指揮系統(あたま)を潰すのです。そうすれば、手足である数万の敵兵は、ただの烏合の衆となり、自壊します」


 赫燕は喉の奥で、くつりと音を鳴らした。


「……お前は、本当に面白い」


 彼はそう呟くと、玉蓮の頬を親指で乱暴に擦った。その瞳が妖しく歪む。


「そうだ——最後はこれだ」


「っ……」


 突然、視界が揺れた。赫燕の大きな手が、玉蓮の細い首を鷲掴みにしたのだ。


 親指が喉元に這わされ、気道を微かに圧迫する。ほんの少し力を込められれば、容易(たやす)くへし折れるだろう。だというのに、恐怖はない。少しも苦しくないその指の腹から伝わる脈動が、自分の脈と重なり合って脳が痺れる。


 耳元に寄せられた彼の唇が、熱い呼気と共に、囁きを紡ぎ出す。


「——そいつの喉笛に、剣を突き立てろ」

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