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三十二話 囚われ人の吐息 2


 たどり着いた天幕。重たい獣皮(じゅうひ)を赫燕は押し上げて、玉蓮を中へと促す。足を踏み入れれば、いつも通り、外の喧騒が遠のいて密やかな空気と香が玉蓮を包んだ。


「あっ……」


 天幕に入るなり、彼の腕が有無を言わさず玉蓮の身体を絡め取り、言葉を発する間もないまま、背中が寝台の柔らかさに沈む。大きな手は、玉蓮の頭を包み込むように添えられたが、直後、彼自身の重みがのしかかり、その硬い胸板に肺の空気が押し出された。


 肺の中まで、甘く重い伽羅の香りで満たされる。覆いかぶさる赫燕の髪が、(とばり)のように外界を遮断する。そこにあるのは、夜の闇より深い、漆黒の瞳だけ。射抜かれる。吸い込まれる。


「玉蓮……」


 吐息混じりの低い声が、呪いのように鼓膜を震わせ、体の芯を熱く溶かしていく。視界が彼の顔で覆われ、近づいてくるその瞳を見つめ返すしかできない。


 食らいつくような荒々しさで唇が塞がれ、次の瞬間には、柔らかな舌が、慈しむように唇の輪郭をなぞる。こじ開けるでもなく、許しを乞うでもなく、当然のようにそのまま入り込み、彼女の呼気を根こそぎ奪っていく。


「ん……はっん」


 息ができない。思考ができない。彼の熱が、脳の奥まで侵食してくる。理性など、とうに焼き切れて、灰になっている。


 彼の手が、玉蓮の手首を捉える。昼間、死体を掴み、敵に刃を向けた指先に、赫燕が唇を寄せた。


「……震えは、止まったか」


 低く囁かれた言葉に、玉蓮の喉がひきつる。この男は、全てお見通しなのだ。


 あの時、敵が降伏しなければ、全てを壊さなければならなかった。自らが将として一つの城を蹂躙(じゅうりん)しなければならなかったかもしれない。その現実に、策が成ったにもかかわらず後から後から震えが起こったのだ。


「……はい」


 彼の指が、玉蓮の肌をなぞっていく。顎から、首筋へ。そこから鎖骨の窪みを辿り、心の臓の真上へと。指先が触れるたびに、ぴり、と痺れが走り、その軌跡が肌に焼き付いた。


 彼女の中から「否」という言葉を奪い、意味のない甘い吐息へと変えてしまう。赫燕の鼓動が、じかに胸に響いてくる。その力強い音が、自分のものよりずっと速く、熱い。その熱が、律動が、玉蓮の全てを塗り替えていく。

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