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三十話 綻ぶ笑み 3

 (せつ)は、一度、天幕の中に視線をぐるりと巡らせて、頭の後ろを手で何度かかき、その金色の髪を揺らす。


(せつ)……」


「ほらよ」


 ガシャンという耳をつんざく金属音と共に、一振りの剣が玉蓮の足元に転がった。鞘に収まっていても分かる、吸い込まれるような曲線の美しさ。柄には、使い込まれた革が丁寧に巻かれている。


「なまくらな剣じゃ、自分の首も守れないだろ。これでも使え」


 子睿(しえい)が、待ってましたとばかりに口を挟む。


「おや、(せつ)さん。お優しいですね」


「うるせえ、俺はまだ認めてないんだからな!」


 (せつ)は顔を赤くして怒鳴り返すが、すぐに玉蓮の方を向き直る。


「……こないだの戦で、お前の剣、刃こぼれしてんのが見えたんだよ。気になって仕方ないじゃん」


 口元を歪めながらも、その視線は、どこか居心地悪そうに玉蓮とその足元の剣の間を行き来する。


「いいか、よわっちい戦い方しやっがたら承知しねえからな」


「がっはっは! (せつ)、いつからそんなに優しくなったんだよ!」


 牙門(がもん)の豪快な笑い声に、「うるせえな!」と刹がまた言い返している。玉蓮は足元の剣を拾い上げ、そのずしりとした鉄の感触を確かめた。


 それは、戦場で生きるための無機質な道具のはずなのに、なぜか、手のひらに確かな熱が宿っていくようだった。その熱が、赫燕(かくえん)に向けていた意識を、今、目の前にいる仲間たちへと引き戻す。気づけば、彼女の唇から、ふふ、と朗らかな笑い声が漏れていた。


「ありがとうございます、大切にします!」


 牙門(がもん)が、ぶはっと吹き出した。


「なんだよ、姫さん、笑えんじゃねえか!」


 張り詰めていた肩から力が抜ける。


 ふと視線を動かすと、豪奢(ごうしゃ)な椅子に座る赫燕(かくえん)の口元が、ほんのわずかに緩んでいるのが見えた。それは嘲笑か、それとも——。一瞬だけ垣間見えた、毒の抜けたようなその表情に、玉蓮は目を離せずにいた。



「——ご報告!」



 静寂を切り裂いて、伝令が天幕に転がり込んできた。


「先ほど、斥候部隊が城主の息子を捕縛しました! 現在、こちらへ連行中です!」


 瞬間、天幕の空気が凍りついた。牙門(がもん)の笑い声も、(せつ)の照れ臭そうな顔も、すべてが遠のく。


 赫燕(かくえん)が、ゆっくりと立ち上がった。その顔にはもう、毒のない笑みなど欠片もない。あるのは、獲物を前にした獣の愉悦だけ。


「……聞こえたか、玉蓮」


 低く、地を這うような声。


「お前の策だ。最後まで、見届けてこい」


「……行ってまいります」


 剣を持ち、手を合わせて頭を下げる。渡されたばかりの(せつ)の剣が、ずしりと重く、冷たく感じられた。

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