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二十五話 月下の孤独

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇


 夜、玉蓮はなかなか寝付けずに、天幕の外へと足を向けた。あれほど騒がしかった宴の喧騒(けんそう)は完全に消え失せている。今はただ、満月が輝き、遠くで虫の音が響く。焚き火は落ち、煙だけが空に薄くのびていた。


 灰の匂いに、ほんの一筋だけ伽羅(きゃら)が混じった気がして、風上に視線を巡らせる。天幕から少し離れた、大きな岩の陰、そこにあったのは、たったひとりで佇む男の姿。


 紫紺(しこん)の衣の裾が月に鈍く濡れ、黒髪の先が風に触れて揺れた。彼は、静かにあの紫水晶の首飾りを手のひらに載せ、じっと見つめていて、無骨な指が、儚く揺らめくその石をゆっくりと握りしめる。


  玉蓮は、息を呑んだ。


 天を突くかのように真っ直ぐに伸びている、あの屈強な背中が、ほんの僅かに丸まり、闇夜に浮かび上がる横顔が、まるで世界の果てに、たった一人で置き去りにされた子供のように見える。


 利用すべき、ただの刃。恐れるべき、ただの獣。そう、自分に言い聞かせていたはずなのに、その意思が、がらがらと崩れていく。


 懐の布越しに、守り鳥の輪郭を確かめたとき、足裏の小石が転がり、かすかな音を立てた。


 瞬間、世界から風の音が消えた。背を向けたままの男から、肌が粟立つほどの殺気が放たれる。


「……っ」


 だが、次の瞬間にはその殺気は霧散し、再びけだるげな沈黙だけが落ちてきた。彼は振り返りもしない。足元を見れば、一歩、踏み出しかけている自分に気づく。


 二人の間に横たわる静寂の中で、玉蓮は、水鏡に映る自分を見ているかのような錯覚に陥っていく。あの背中は、すべてを失い、復讐という炎だけで辛うじて立っている、空っぽの抜け殻だ。


( ——わたくしと、同じ?)


  痛みを訴える胸を押さえつけて、言葉を交わすことなく、彼と同じようにただ月を見上げた。月に引かれて、二つの影が同じ方向へ細く伸びる。

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