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二十四話 誓いの道 1

 朱飛(しゅひ)が報告を終え、頭を下げて去っていく。彼の足音は、静寂に包まれた天幕に吸い込まれるように消えていくが、天幕を出る直前、朱飛(しゅひ)は一度だけ玉蓮に目を向けた。その瞳の奥には、言葉では(すく)えぬほどの複雑な色が滲んでいて、玉蓮はそれをどう受け止めていいか分からずに、ただ小さく静かに息を吐く。


 天幕に残されたのは、全ての感情を噛み殺して俯く玉蓮と、その玉蓮の苦悩を愉しむかのように、ゆっくりと酒杯を傾ける赫燕(かくえん)。沈黙はまるで生き物のように、その場に満ち、玉蓮の心臓を締め付ける。杯を傾けながら、それまで沈黙を保っていた赫燕(かくえん)が、ついに口を開く。


「昼間の戦、お前は玄済(げんさい)国の斥候(せっこう)と敵将を斬った。その数、十ってところか」


 昼間、敵を撫で切りにした感覚が手のひらに蘇る。向けられる殺気と、命を斬っていく感覚。それを思い出せば、指先から温もりが引いていく。


「あの時、お前の剣に迷いはなかった。なぜだ?」


「……任務でしたから。あなたの軍の兵として、当然の」


「それなら、なぜその後の展開に顔を(しか)めた」


「それは——」


「お前は俺のやり方が気に入らねえんだろう。捕虜を(なぶ)り、民を巻き込む。お前のその綺麗な正義とは相容れない。違うか?」


 反論しようと開いた口からは声が漏れることなく、ただ唇が微かに動いただけ。


「俺という怪物(ばけもの)を使いながら、自分だけは気高くありたいか」


「違う! わたくしは、ただ——」


「ただ、何だ」


 その声に、追い詰められ、思考が止まる。胸中で燻っていた復讐の炎が、急激に(しぼ)んでいく錯覚に陥る。


「ただ——」


 再度、途切れた言葉を繋ごうともがくが、口から出るのは空虚な息。視線は、赫燕(かくえん)外套(がいとう)に縫い付けられ、顔を上げることができない。


「……復讐、復讐と言いながら、口だけだな」


 そう言うと、赫燕(かくえん)はゆっくりと立ち上がり、彼女の横を何も言わずに通り過ぎ、天幕の外へと出ていく。その背中を玉蓮は衝動的に追いかけた。


 獣皮(じゅうひ)を力任せに弾いて外に出れば、天幕の中の(わず)かな暖かさとは違う、冷たくなった風が肌を刺した。月明かりの下、乾いた大地を踏みしめながら、迷いなく歩いていく背中があまりにも大きい。それが悔しくて、玉蓮は肺いっぱいに冷たい夜の空気を吸い込んだ。


「——あ、あなたにッ! あなたに、何がわかるというのです!」


 尖った声が喉から出ていく。月明かりの下で振り返った赫燕(かくえん)が、こちらに真っ直ぐ視線を投げる。


「……復讐をしたいなら、手を汚せ」


 次々と落とされていく首。舞い上がる血飛沫(ちしぶき)。土を覆い尽くす血溜まり。


「あなたの、やり方で……」


 むせかえる血の臭い、逃げ惑う悲鳴と命を乞う眼差しが蘇る。


「こんなやり方で、本当に姉上の無念を晴らせるというのですか! 姉上が、喜んでくれるというのですか!」


 敵将の心の臓を貫いた時の感覚が、まだ手に残っている。人の命を奪った感触がこの手に残っているのだ。姉が握ってくれた手は、(あざ)だらけになり、そして今や血に塗れている。


「仇を討つために、あなたと同じ、怪物(ばけもの)になれと!」


 体が支えを失ったように地へ沈んだ。土の湿り気が手のひらを濡らし、(こら)えていた涙が頬を伝って落ちる。

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