二十一話 見透かされた心 1
暗がりに座り込んだ玉蓮は、膝を抱えた。どれだけ頭を振っても、赫燕に纏わりつく女たちの声が耳に届く。あんなものを聞きたくもないのに。
玉蓮は、地面の小石を手当たり次第に拾い上げ、遠くの栗色の髪に向かって投げつけた。
「いて、いて! 何すんだ玉蓮、お前! 石を投げんな!」
迅が遠くから叫ぶ。その横で、牙門がガハハと大きな声で笑い、迅を指差した。
「お前の栗みてーな色の髪は、いい的だな」
「お前の坊主頭じゃ、石も跳ね返っちまうからな」
「このやろォ! 迅、てめえ!」
再び始まった牙門と迅の小競り合い。この男たちは本当に声が大きいのだ。どれだけ距離をとっても、宴の熱気が耳に届く。
刹が大袈裟にため息をついて、玉蓮に視線を投げた。
「玉蓮、こいつらがうるさくなるだけじゃん。何してんだよ!」
「だって!」
「そうだ! 俺じゃなくて、刹の金髪に投げればいいだろー」
迅の言葉に、刹の金色の髪がぴくりと揺れる。
「玉蓮は、可愛い顔の俺には投げないって」
「はあ!?」
それまで言い合っていた二人の声が、まるで雷鳴のように響き渡る。そんな様子もお構いなしに、刹は悪戯っぽく笑いながら、酒を口に運ぶと、ふふん、と鼻を鳴らす。
「お頭だけじゃない、俺にだって女は寄ってくるんだよ。お前らと違ってな」
「なんだと!」
挑発的な刹の言葉に、牙門と迅が額に青筋を立てている。子睿が口元に笑みを浮かべ、朱飛だけが静かな瞳を焚き火に向けていた。
「刹、やめとけ。お前が煽ってどうする」
「なんだよ、朱飛だって女に困ってないじゃん」
「え、いや、俺は別に」
刹に言い返されて、すぐさま静かになる朱飛。その言い合いに、やれやれとでも言いたげに子睿が首を横に振る。
「いいですか。皆さんは、所詮、似たり寄ったり。目くそ鼻くそです」
子睿の容赦ない言葉に、牙門が「ひでえな」と嘆く。
「お頭は特別なのですよ。うちの大王様でさえもお頭の才だけでなく、その見目に惚れ込んでるという噂ですからね。だから、うちは特別な軍なのです」
子睿の言葉を聞いて、その場にいた全員が、いまだ女たちに囲まれている赫燕に視線を向けた。赫燕は、戦場での冷酷な「殺戮将軍」の顔とはまるで違う、鷹揚とした、人を惹きつける華やかな色を纏っている。
「まあ、あれこそ精悍な顔立ちってやつだからなー。女が放っておかねーわ。俺たちとは違う、高嶺の花ってやつだ」
迅は手酌で酒を呷りながら、赫燕を見てどこか誇らしげに笑う。だが、その迅の言葉は、玉蓮の張り詰めた神経を逆撫でする。玉蓮は、ぎゅっと唇を噛んだ。血が出るのではないかと思うほど強く。
(何が、女が放っておかないだ! あのような戦をするなんて——)
脳裏に、先ほどの戦の残像が走る。敵を切り伏せた時にほとばしった血の匂い、そして、その後に起こったただの蹂躙。
玉蓮は、自分の手のひらを凝視した。石を握りしめすぎて、手のひらには石のざらつきと、汗の湿り気が残っている。まだ、その手のひらには、敵の心の臓を貫いた感触が焼き付いている。あの血の感触、漏れ出す命。
(将の首をとったのに。この手に、こんなにも感触が残っているのに!)
それを、赫燕はまるで何でもないことのように、この場で女たちと戯れている。




