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二十話 勝利の宴

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇


 その夜、戦場での激しい戦いを終え、勝利の美酒に酔いしれる兵士たちの(とき)の声が響く中、玉蓮は一人、その喧騒(けんそう)から少しだけ離れた場所に身を置いていた。


 彼女の視線が向けられた宴の中心では、鮮やかな化粧を施し、白い肌を(あら)わにした何人もの娼婦たちに赫燕(かくえん)が囲まれ、(かしず)かれている。踊る娼婦の足元には、戦場で返り血を浴びたままの兵士たち。


 焚き火を囲む輪から、牙門(がもん)の野太い声が聞こえてくる。


「お頭ァ、こっちの酒も、飲んでくれよ!」


「いや、こっちだ! お頭は、俺の酒を飲むんだって!」


 牙門(がもん)に負けじと、(じん)が自分の酒を赫燕(かくえん)の前に突き出す。二人は互いに一歩も引かず、言い争いを始めた。


 周囲の兵士たちも笑い声を上げている。その横で、(せつ)が睨むように大きな瞳を牙門(がもん)(じん)に向けながら、ため息をついた。


「みっともね。お頭がそんな安酒、飲むわけないじゃん」


「なんだと、(せつ)! てめえの酒だって、同じだろうが!」


 牙門(がもん)が、顔を赤くして怒鳴り返す。三人の喧嘩は、戦より騒がしい。


 焚き火の火の粉が彼らの影を伸ばし、子供のように取っ組み合っているように見えた。その言い争いを、子睿(しえい)が扇子で口元を隠しながら、にやにやと眺めている。


「酒も美味ですが……お頭が(たしな)むのは、もっと濃く甘い蜜でしょうな」


 子睿(しえい)の視線は、赫燕(かくえん)の膝の上で媚びるように身をすり寄せる娼婦たちへと向けられる。赫燕(かくえん)はまとわりつく娼婦をそのままに、気だるそうに目を細めている。


「くそ、なんでお頭ばっかり」


 大きな声とともに牙門(がもん)が、悔しそうに地面を蹴った。


「……お頭と張り合おうなんて、無駄なことだ」


 その光景を、少し離れた場所から見ていた朱飛(しゅひ)が呟く。頬杖をつきながら冷めた目を向けるその視線の先では、牙門(がもん)が腕を組み、不満げに口を尖らせている。


「うっせーぞ! 張り合っちゃいねえが、なんでこうも、女はお頭のとこにばっかり行くんだかなァ!」


 牙門(がもん)のやけくそ気味な声に、(じん)がやれやれと首を振りながらその肩を力強く組んだ。


「当たり前だろー。お頭がいれば、女はみんな寄っていく」


「何が違うってんだ!」


「顔じゃん」


 即座に答えた(せつ)に殴り掛かろうとする牙門(がもん)を、(じん)が大笑いしながら羽交い締めにして止める。(せつ)は、鼻で笑い、涼しい顔で火を見つめている。


「格もな」


 再び抑揚もなく言い放つ朱飛(しゅひ)に、子睿(しえい)が「的確ですな」と付け加え、ゆったりと頷く。夜風が、その小さな声でさえも、玉蓮の元まで運んでくる。


「女はそーいったものに敏感なんだ。お頭はどっか品みてえなもんがあるからなー。お前らにはないもんがな」


 肩に置いた(じん)の手を振り払いながら、牙門(がもん)はさらに顔をしかめる。


「てめえにもないだろうが」


 唇をへの字に曲げる牙門(がもん)の様子を見た朱飛(しゅひ)は、視線を火に戻しながら微笑んだ。



 玉蓮は彼らに向けていた視線を再び赫燕(かくえん)に戻して、変わらず繰り広げられている光景に顔を(しか)めた。


 赫燕(かくえん)の耳元に寄せられる、濡れたように赤い唇。耳の奥をざらつかせる、彼女たちの笑い声。息を吸えば、甘ったるい香が喉に張り付く。後宮で繰り広げられる光景となんら変わらない。ただ一人の男の(ちょう)を受けようと周囲が騒ぎ立て、そして、その中心の男がそれを当たり前のこととして受け入れる。


 玉蓮の視線に気づいたのか、赫燕(かくえん)がふと彼女の方へと顔を向けた。長く黒い睫毛に縁取られた瞳が細められ、愉悦(ゆえつ)(たた)えた笑みが唇に浮かぶ。


「なんだ。不満でもあるのか?」


 (あざけ)るようなその声に、熱が胸に広がり、喉が勝手に詰まった。不満はある。あるに決まっている。だが、それを言葉にする術を玉蓮は持たない。いや、胸に渦巻くこの感情に、どう名前をつければいいのかわからないのだ。


「——なんでもありません」


 玉蓮は、その輪から距離をとるように、足早に歩き出した。背後で、女たちの甲高い笑い声が弾けた。

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