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十七話 鬼神のごとき武 2

 敵将と剣を交える玉蓮の背後から迫る、一本の槍。一瞬だけ、玉蓮の瞳がそれを捉えるように動くが、すぐに前に戻る。遥か後方から放たれた、(せつ)の矢がその槍兵の喉を正確に射抜いていたからだ。


「将軍からあの女を引き離せ!」


 右翼から玉蓮に殺到しようとする、敵兵の波。


「てめえらの相手は俺たちだァ!」


 それを食い止めるかのように、牙門(がもん)の地を揺るがすほどの咆哮が響き渡り、敵の注意を引きつける。そこに、(じん)の双刀が嵐のようにきらめき、次々と血飛沫(ちしぶき)が上がった。


「後ろは任せろ」


 朱飛(しゅひ)の静かな声が響き、彼の騎馬隊が壁となって背後の敵を阻む。金属が激しくぶつかり合う音を背に玉蓮は口の端を上げ、そして、再び目の前の男に意識を戻した。


 敵将の剣は、玉蓮の細い腕を今にも折らんと、容赦なく振り下ろされる。


 ——ガギィッ!


「くっ!」


 刃を受け止めた瞬間、手首の骨がきしむ音が脳内に響いた。重い。岩で殴られたような衝撃が、肩から背骨へと突き抜ける。力で押し合えば、確実に潰される。


(——受け流す!)


 玉蓮は奥歯が砕けるほど食いしばり、刃先で剣筋をわずかにそらすと、そのまま敵将の懐へと、水が流れるようにするりと入り込んだ。


「なっ……!」


 敵将の声は、音にならない。


 寸分の迷いもなく、返す刀でその胸を正確に突き刺す。甲冑(かっちゅう)のわずかな隙間を縫うように吸い込まれた刃は、鈍い音を奏でた。


 ——ズズズ


 玉蓮の手のひらに伝わったのは、心の臓を直接貫いた感触。


「が、はっ……」


 敵将は、口からごぼりと血を吐き出しながら、信じられないものを見る目で玉蓮を見つめた。


「くそ……女が。この怪物(ばけもの)め……」


 言葉は泡となって消える。敵将は馬上で大きく揺れ、重い甲冑(かっちゅう)ごと地面に叩きつけられた。鈍い音を立てて地面に転がったその顔は、すでに生気を失い、(うつ)ろな空を見上げている。


 男の命が流れ出ていくのがわかる。じわりと、体の芯から熱が込み上げてくる。


(殺した。勝った——)


 熱が、体の奥で甘い痺れとなり、全身を満たしていく。嘘のように、身体が軽い。


 だが次の瞬間、脳裏で姉の笑顔が揺らめき、喉の奥から吐き気のような震えがこみ上げた。


「あ、姉上……」


 懐の守り鳥に触れるように胸に手を置くが、いつも温かいはずのそこには、全く温もりがない。玄済(げんさい)国の将を討ったというのに、姉の笑顔が血塗られたままだ。


 玉蓮は、血に塗れた剣を払った。返り血が、頬を伝っていく。その生温かさが、まるで自分の肌の上ではないかのように、ひどく遠い。


「玉蓮、後は残りの部隊に任せる! 行くぞ!」


 遠くから、(じん)の声が聞こえるはずなのに、玉蓮の視線は、血の海に沈む敵将の顔から離れなかった。


(敵将を討った。あいつの国の将を。姉上、玉蓮は強くなって、もっと——)


 自分の息遣いだけが頭の中で響いて、その音がどんどん大きく、鼓膜を震わせるように響き渡る。


(もっと——!)


「玉蓮」


 突如、()いだ声が玉蓮の耳に届いた。これまで聞こえていた自分の呼吸音や、遠のいたはずの周囲の喧騒(けんそう)血潮(ちしお)の音をすべて掻き消す声。そこでようやく玉蓮は、その声がする方にゆっくりと顔を上げた。


「……しゅ、ひ」


 彼の瞳はいつもと変わらずに静かなまま。朱飛(しゅひ)は何も言わず、無防備に晒された玉蓮の頬へ手を伸ばした。ごつごつした指の背が、頬にこびりついた返り血を、乱暴に、けれど驚くほど優しくぬぐい取る。


 玉蓮の肌を汚していた赤が、朱飛の指へと移る。


「俺たちの役目は終わりだ。戻るぞ」


 その体温に触れた瞬間、胸を焚きつけていた狂気が嘘のように引いていった。荒れていた呼吸が整い、視界に映る景色も、血の色から本来の色を取り戻していく。玉蓮の馬は、朱飛(しゅひ)の馬を追いかけるように、自然と走り出した。

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