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十七話 鬼神のごとき武


 戦が始まると、赫燕(かくえん)軍が、計算通りに崩壊を演じる。味方の兵が次々と討たれているのだろう。怒号と悲鳴が遠くから木霊する中、玉蓮は、与えられた道の入り口で、息を殺して潜んでいた。


 土と草の匂いに混じり、遠くから漂う血の臭いが鼻をつく。心の臓が早鐘のように鳴り、握りしめた剣の(つか)に汗が滲む。



 やがて、玄済(げんさい)国の斥候(せっこう)が数騎、近づいてきた時、朱飛(しゅひ)の合図と共に、玉蓮は草むらから飛び出した。姉の復讐を誓ったあの日から、毎日のように振り続けた剣が舞う。


 剣が肉を断ち、骨を砕く、鈍い手応え。返り血の、生温かい鉄の匂い。斬り伏せられた男の瞳から光が消える、最後の一瞬。震えるかと思った手は、一度も震えることなく、正確に敵兵の体を切り裂いた。その全てが、異様なほど鮮明に頭に焼き付いていく。



 斥候(せっこう)を斬り伏せて、しばらくすると、後方から退却してきた赫燕(かくえん)の本隊が、玉蓮たちの眼下の道を通って谷奥へと消えていく。やがて、玉蓮の瞳が、赫燕(かくえん)牙門(がもん)の少し後ろに食らいつく敵将の姿を鮮明に捉えた。その隣で、(じん)が低く(うな)る。


「行くぞ、狩りの時間だ」


 (じん)の言葉を号砲にして、伏せていた騎馬隊が一つの巨大な生き物のように、一分の隙もなく駆け出した。玉蓮もその中で、馬を走らせる。(ひづめ)の音が地鳴りとなって大地を揺らし、その振動は甲冑(かっちゅう)を通して心の臓に直接響く。巻き上がる土煙と鉄の匂いが混じり合い、肺を満たす。


 風を切り裂く速さで進む騎馬隊の先頭で、(じん)の栗色の髪が激しく揺れた。


「き、奇襲だ! 左翼からだ!」


 横腹を食い破る形で、嵐のように切り込んだ必殺の部隊。目の前で、敵兵の甲冑がガタガタと音を立てながら、こちらを向く。だが、次の瞬間には赫燕(かくえん)軍の剣や槍がその甲冑を紙のように貫いていた。


殲滅(せんめつ)しろ!」


 (じん)の声が響き、それに呼応するように騎馬がさらに雪崩(なだれ)れこむ。彼らの顔には、獲物を追い詰める冷酷な笑みが浮かび、鋭利な剣は容赦なく、そして確実に敵を()ぎ倒していく。


 すると、面白いように道が開けていき、派手な馬具をつけた、敵将の馬が見えた。


「くっ、抜けるぞ! 退くんだ!」


 敵将は、崩れていく自陣を焦りの色で見渡すと、突如、馬首を返し、包囲網から抜け出そうと味方の兵士の間を縫って駆け出した。


「玉蓮! 退路をおさえろ!」


 (じん)の言葉が早いか否か、玉蓮は馬を駆り、戸惑う敵将の前に寸分の狂いもなく馬を滑り込ませた。砂塵(さじん)を巻き上げ現れた玉蓮の姿に、その目が見開かれる。敵兵たちがざわめき、その視線が、漆黒の甲冑(かっちゅう)を身に纏う玉蓮を貫いた。


「……女、だと? 赫燕(かくえん)は狂ったか」


 敵将は、驚愕に見開いた目をすっと細め、血走った眼光で玉蓮を睨みつける。しかし玉蓮は微動だにせず、ただ唇だけを動かした。


「首を、もらう」


「女に何ができる。だが、好都合だ。貴様の首を道連れにしてくれる!」


 侮りではない。生き残るための必死の殺意。その言葉と同時に、敵将の馬が、玉蓮目掛けて突進してきた。


「——仕留めろ! 玉蓮!」


 (じん)が叫ぶ。直後、耳をつんざくように響く、剣と剣がぶつかる甲高い音。(はがね)が擦れ合うたびに散る火花が、血の匂いを帯びた空気を刹那(せつな)に照らし出した。

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