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十六話 囮の王 2

「ねえ、お頭。姫さんに、そんなことできんのかよ」


 それまで黙っていた(せつ)が、金色の柔らかな髪を揺らして、からりと笑い、いつものように場違いなほどに軽やかな声を響かせる。


「俺が弓で仕留めてやろうか」


「おい、(せつ)


 朱飛(しゅひ)が視線を向けることなく、名前を呼ぶ。(せつ)は「はいはい」と声を返して、興味なさげに天幕の(すみ)にどさりと座る。


 天幕に再び訪れた重い静寂の中、玉蓮の耳元では、自身の鼓動が何よりも大きく鳴り響いている。赫燕(かくえん)の瞳は、ただ静かに玉蓮を捉えたままで、そしてまたゆっくりと口を開く。


「いいな。俺の(いのち)は、お前次第だ」


 玉蓮の口元が、わずかに震えている。武者震いか、それとも恐怖なのか、自分でもわからない。赫燕の目が、玉蓮の心の奥底まで見透かすかのように、鋭く射抜いている。


 その時、天幕の重い獣皮(じゅうひ)の入り口が開き、見慣れた、しかしこの場にはそぐわない柔和な姿が現れた。


「——お待ちください、赫燕(かくえん)将軍」


「永兄様」


 天幕の入り口に現れたのは、劉永(りゅうえい)だった。父・劉義(りゅうぎ)からの増援部隊の到着を報せる伝令として、彼は数日前からこの地へ向かっていたのだ。そして、この戦の監視役も兼ねているという。


 彼の表情からは、穏やかな光が消え、その瞳は、赫燕(かくえん)の真意を探るかのように、鋭く細められている。


「その策はあまりに危険です。ましてや、公主にそのような危険な役目を与えるなど!」


「部外者は黙ってろ、劉家の坊っちゃんよ」


 赫燕(かくえん)は、劉永を一瞥(いちべつ)もせずに言い放つ。それまで軽口を叩いていた刹の笑みが消え、迅が気まずそうに視線を逸らす。天幕の中の全ての音が、ぴたりと止んだ。


 劉永の顔にはいつもの柔らかな笑みは跡形もなく、その眉間には険しい影が刻まれている。対する赫燕(かくえん)は、まるで面白い見世物でも見つけたかのように、口の端を愉しげに吊り上げただけだった。


「劉義なら、俺の策に口出ししねえ」


「ですが——!」


 劉永が、守るように玉蓮へと手を伸ばす。かつてなら、迷わずその手に(すが)っていたかもしれない。この背中に頼り、そして口だけを動かした。だが。


「お頭」


 玉蓮は、赫燕(かくえん)だけを真っ直ぐに見据えた。


「玉蓮!」


「お役目、必ずや果たしてご覧にいれます」


 劉永を置き去りにした己の声は、かつてないほど低く、冷たい。赫燕(かくえん)は、どこか満足そうに笑みを深めた。

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