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十四話 朱い優しさ 2


 翌朝。差し込む光で目が覚めた玉蓮は、開ききっていない瞼のままで、いつものように枕元に手を伸ばした。


「んん……」


 姉の形見である、あの鳥に触れる。それが、毎朝の儀式だったからだ。そして、いつものように、そのひびの入った翼をなぞろうとして——指先が、つるりと滑らかな感触に行き当たった。


「——え?」


 指先に伝わったのは、あのざらつきではなく、磨かれた木肌のなめらかさ。飛び起きて、それを凝視する。割れていたはずの翼が、綺麗に繋がれている。失われていた欠片の代わりに、真新しい木片が嵌め込まれ、境目がわからぬほど丁寧に磨き上げられていた。


「これは……」


 新しい木肌から、微かに香木の香りがする。玉蓮は鳥を握りしめ、天幕を飛び出した。


 朝日が降り注ぐ野営地の中心では、男たちが焚き火を囲み、朝食を摂っていた。立ち上る煙の向こうに、玉蓮はすぐにその人物を見つけた。


 朱飛(しゅひ)は、静かな佇まいで、粥を(すす)っている。だが、よく見れば、その指先には細かな木の切り屑がついており、目元は寝不足のように赤く充血していた。


 玉蓮の姿を認めた朱飛(しゅひ)の肩から、ほんのわずかに力が抜けたように見えた。そして、その視線がごく自然に、彼女が胸に抱いている鳥へと注がれる。


「……大丈夫か」


 朱飛(しゅひ)の声は、静かだ。それが玉蓮の心にじんわりと染み渡り、張り詰めていた全身の筋肉を(ほど)いていく。瞳も、声も、その周りの空気さえも。それが、一晩かけてこの鳥を直してくれた時間そのもののようだった。


朱飛(しゅひ)……」


 呼んだ声は、自分でも驚くほど弱々しい。喉の奥が詰まり、息がうまくできない。


「……ありがとう、ございます」


 やっと絞り出した言葉は震えている。朱飛は何事もなかったかのように、その瞳を柔らかく細めた。


「お前もこっちに来て、飯食え。行軍が始まるぞ」


 玉蓮は頷き、朱飛(しゅひ)の隣に腰を下ろした。簡素な(かまど)の上では、土鍋が静かに湯気を立てている。


 そっと朱飛(しゅひ)の横顔を見上げた。彼はやはり、夜の湖のようだ。その眼差しはどこまでも静かに()いでいる。いつの間にか玉蓮の瞳から一雫だけ、涙がこぼれ落ちる。


 拭おうとしたその時、ごつごつした大きな手が伸びてきて、乱暴に、けれど驚くほど優しく、その涙を指の背で撫でていった。

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