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十四話 朱い優しさ 1

◇◇


 その夜。天幕に戻った玉蓮は、襲われた際についた腕や脚の擦り傷に、一人で薬を塗っていた。生々しい痛みが、出来事を鮮明に蘇らせる。思い出せば思い出すほどに、恥ずかしくて、悔しくて、傷口が沁みる。


 その時、入り口から「入るぞ」と低い声が届き、朱飛(しゅひ)が姿を現した。彼は無言で、温かい粥の入った器を彼女の前に置く。立ち上る湯気に、玉蓮は張り詰めていた息を漏らした。


「ありがとうございます……」


「ああ。男たちは、処分した」


 ただ空気を震わせただけのような、淡々とした報告。処分。その二文字の重みに、玉蓮は顔を上げた。


「俺たちはお前を迎える。お前は……お頭に近づきすぎるな」


 朱飛(しゅひ)は、玉蓮からふいと視線を逸らし、天幕の影に目をやった。


「……喰われるぞ」


 吐き捨てられたその言葉は、あまりに静かで、玉蓮は一瞬聞き返そうかと思ったが、視線の先にある横顔に刻まれた苦渋の色に、思わず息を呑み、唇を横に結んだ。


 黙って、傷薬の続きを塗ろうとする。だが、震える手では、布がうまく巻けない。見かねたように、朱飛(しゅひ)が小さくため息をついた。


「貸せ」


「あっ」


 唐突に手が伸びてきて、玉蓮の手から布が抜き取られる。


「こんなこともできないのか」


「……できないわけではありません。ただ少し、苦手なだけで」


 語尾に向かっていくにつれて、声が小さくなる。


 怪我をした時にはいつだって劉義(りゅうぎ)劉永(りゅうえい)、そして温泰(おんたい)が玉蓮に薬を塗って、布を巻いてくれた。もう一人前だと思って、あの場所を飛び出したくせに、今更に全てを守られていた自分に気づくなんて。


——「玉蓮」


 温かい声が頭の中で響く。陽だまりの中にいる三人を思い出してしまえば、瞳に勝手に熱が集まっていくから、慌てて下を向く。


「まあ、公主が戦場に出るなど、正気の沙汰ではないがな」


 朱飛(しゅひ)の言葉は、まるで石を投げつけるように無遠慮だ。けれど、その指先は驚くほど慎重だった。静けさを(たた)えた瞳が傷を捉え、布は緩むことなく肌に沿う。武骨な指先から伝わる体温は、傷の痛みとは異なる、じんわりとした温かさ。


 処置を終えた朱飛(しゅひ)が、ふと卓の隅に置かれた布の包みに目をやった。そこから(わず)かに、古びた木製の鳥の尾が覗いている。


「……それは?」


「姉が、遺してくれたものです」


 その言葉と共に、玉蓮は丁寧に布包みをほどく。現れたのは、片翼にひびが入った木製の守り鳥。


「姉が玄済(げんさい)国に嫁ぐ日に……」


 震える声で付け加える。ひびを撫でると、いまだにささくれた木片が指に刺さる。その痛みが、何度も玉蓮にあの日の凶報を(よみがえ)らせた。


「わたくしは、姉のように器用ではありませんから。直そうとして、かえって壊してしまいそうで……このままにしているのです」


 朱飛(しゅひ)は何も言わず、ただ、夜の湖のような深い瞳で、その傷ついた鳥をじっと見つめていた。


朱飛(しゅひ)?」


「……いや、なんでもない」


 ぽつりと呟くように返事をして、やがて彼は静かに天幕を出ていった。

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