百十六話 龍の叫び 3
王の目から、だらだらと透明な液体が溢れていく。全身が小刻みに震え出して、手を置いた床と擦れて奇妙な音を奏でていた。
「そなたは、知に乏しく、程度の低い傀儡にすぎぬ。御しやすい子供は、育てやすいことこの上ない。皮肉なことに、私の実子、夏の王子とは比べものにもならぬ。あれは天賦の才という類の者だったからな」
あまりにも冷酷な声。王は信じられないものを見たかのように、ぐにゃりと力を失って床に沈んでいく。その実、王はあまりにも太后に忠実だった。母と崇め、間違った孝を積み、常にその女が示す道を「正」として歩んできたのだから。
「あ、あ……」
太后から存在そのものを否定された王。その瞳は、救いを求めるように部屋の中を彷徨う。焦点の定まらない視線が、やがて一点に釘付けになった。あの香炉の欠片。
王は、溺れる者が藁を掴む執念で地を這い、欠片へと肉薄した。そして、その欠片を震える両手で、乱暴に掴み取った。
「嘘だ……お前は、王たる私に偽りを申している! は、母上が私を、私の母を殺めるはずがない……母上は、私を愛している!」
彼は、充血し焦点の合わない瞳で玉蓮を睨みつけた。
「私が証明してやる……これが、ただの香炉であることを!」
「大王……」
「母上、見てください……私が……私が母上の無実を……」
王は一度も太后や玉蓮のいる方へと振り返ることなく、まるで何かに突き動かされるように、勢いよく扉を開け放つ。廊下は既に、炎の渦と化していた。猛烈な熱波と、炎が食らいつく木材の焦げる臭いが室内に流れ込む。
龍袍を纏った男は、香炉の欠片を胸に抱え込んだまま、その炎の渦の中へと迷いなく身を投げた。自らの身を焼き尽くし、それが毒煙とならないことを証明するために。
「……ふ、まったく。優秀な崔家の血筋とは思えぬな。猛火に巻かれれば、香炉などただ砕け散るのみ。煙の毒性など確かめる術もないというのに。愚か者め」
遊び終わった玩具を見るかの如く、王が消えた炎の中へ一瞬だけ冷たい視線を向け、太后はつまらなさそうにため息をついた。
玉蓮は、無意識のうちに拳を握り閉めている自分に気づく。




