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闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。  作者: アリスの鏡
第十四章 蛇の讒言(ざんげん)、蜘蛛の罠
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百十六話 龍の叫び 2

 しかし、玉蓮は目の前の女だけを見つめていた。太后は相変わらず無言のままで、虚ろな目をこちらに向けている。彼女の表情からは、何の感情も読み取れず、人形のようにそこに座っていた。


 玉蓮は懐から、香炉(こうろ)の欠片を取り出して掲げた。


「あなたの母君を殺した凶器は、これにございます。()の国を象徴する四本角の龍が施された香炉(こうろ)


 王は玉蓮の手にある欠片を凝視している。四本角の龍が彫り込まれたそれを。


「貴様は何を言っている! 母上が()の国から嫁がれたことは周知の事実! これがあるから何だというのだ!」


 王は、その言葉と共に玉蓮に掴みかかろうとした。だが、その横で、太后が、ふうっと美しく紅い唇で息を漏らす。遠い昔を懐かしむような、あるいは諦めのような、複雑な感情を宿して。


「それは確かに私が当時の王后(おうこう)に贈った、()の国の香炉(こうろ)の欠片……それが、どうしたというのだ?」


「この香炉(こうろ)には、毒性の高い鉱物、『龍の逆鱗(げきりん)』が塗られております。()の国の王家に伝わる秘伝の鉱物。崔王后(さいおうこう)の火災の記録にも香炉(こうろ)があったと残っています」


 玉蓮は、王ではなく、太后だけを見据えている。彼女の視線が香炉から玉蓮へと移る。その深淵のごとき双眸(そうぼう)の奥で、微かな動揺が波紋のように広がった。


太后(たいこう)様。なぜ、崔王后(さいおうこう)に、この呪いの龍の香炉を贈られたのですか」


「……呪いの龍?」


 王が、震える声でそう呟く。玉蓮は、ゆっくりと王へと視線を向ける。


「これは、()の国の王族に古くから伝わる『蟠龍(ばんりゅう)蠱毒(こどく)』。四本の角を持ち、とぐろを巻く龍は、まさしく呪いの印。この香炉で焚く香毒は、極上の伽羅(きゃら)の香りを装い、嗅いだものを緩やかに、しかし確実に死に導きます。あなたを命懸けで救ったと語る、この女が、あなたの母君に贈ったのです」


 王の顔から血の気が引き、その瞳には激しい戦慄が浮かぶ。そして、太后からは息を呑む音が聞こえた。


「そなた……なぜ、それを」


「そちらの伽羅(きゃら)の香に、この欠片を入れますか?」


 太后は、ゴクリと喉をならした。その音は、まるで乾いた大地に落ちる一滴の水のように、重く響く。玉蓮は、再び王を視界に入れた。


「この女は、あなたの母君をその手で殺めた、ただの人殺し。そして、あなたは……その人殺しが作り上げた、道具にすぎませぬ」


 目の前の男の顔から、色が抜け落ちた。手と足を懸命に動かして、母と呼ぶ女に抱きつくようにして、肩を掴む。


「は、母上……? こやつ、嘘をついているのですよね!? 母上は、火の海から幼い私を救ってくださった——」


 太后が袖を払い、王を突き飛ばした。王が無様に尻餅をつく。


「……まったく。誠に憎らしい。なぜ、白楊(はくよう)の小娘がそれを知っている。蟠龍(ばんりゅう)蠱毒(こどく)はまさに秘伝。王族しか知らぬのだぞ」


「……ま、誠に……私の母を……殺したのですか?」


 太后は、首をこきりとひねり、見下すように王に視線をやる。扇をもった手首が大きく回旋し、その口元で広がった。


「私の腹は、()の王子を産んだ時に傷つき、もう(はら)むことはできなかった。でも、王子は産まなくても問題はない」


 ゆらりゆらりと、扇が揺れる。その隙間から見える口元が弧を描き、紅い唇の端が釣り上がっていく。


「——奪えば良いのだ」


「なぜ、私を……」


「そなたは、腐っても崔家(さいけ)の血筋。王子の中で最も高貴な血を持つ者。そして——傀儡(くぐつ)にするに丁度良い愚純さだった」

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