一話 一振りの刃 2
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後宮の奥深く、陽の差さぬ一隅。そこが、玉蓮と姉の全世界だった。とうに死んだ母は、王の気まぐれな寵愛を受けただけの宮女。地位も後ろ盾もない母から生まれた玉蓮と姉は、後宮の片隅でひっそりと暮らしてきた。
遠くから風に乗って届くのは、宴の琴の音と、雅な白檀の残り香。けれど、風が止んでしまえば、鼻をつくのはいつもの湿った黴の臭いと、降り積もった埃の味だけ。華やかな光と香りが届けば届くほど、この薄暗い部屋の輪郭が浮き彫りになり、自分たちが華やかな後宮の「影」でしかないのだと思い知らされる。
玉蓮は小さな手で、粗末な寝台の柵をぎゅっと握りしめた。
「玉蓮。見て、お星様が綺麗よ」
寝台に腰かけた姉が指をさした先には、墨を流したような夜空に、星々が小さく瞬いていた。
「……玉蓮は、お星様は好きではありません」
玉蓮は、姉の腕の中でそう呟いた。
「まあ、何を言うの。あんなに輝いて、綺麗でしょう」
姉が優しく微笑んで、玉蓮の髪を撫でるから、その手の下でふるふると首を横に振った。
「お星様は温かくありません。玉蓮は、姉上が良いです。姉上がこうして、玉蓮を腕の中に入れてくださる時間が一等に好きです」
体温、声、香り。何よりも、誰よりも大好きな姉の全てが玉蓮の傍にある。もっと、と強請るように目を閉じ、目の前の衣にぐりぐりと頭を擦り付ければ、姉はくすくすと笑いながらも、玉蓮を抱きしめるその腕にさらに力をこめてくれる。
「お前って子は……本当に気が強いのだから」
この腕の中だけが、冷たい石の壁も、遠い琴の音も、全てを忘れさせてくれる場所。
(あったかい……姉上)
玉蓮は、全身で感じるこの温もりが、消えてしまうのではと怖くて、目をぎゅうと閉じた。




