表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。  作者: アリスの鏡
第十四章 蛇の讒言(ざんげん)、蜘蛛の罠
192/214

百八話 蛇の舌 1

◇◇◇ 周礼(しゅうれい) ◇◇◇


 崔瑾(さいきん)が、怒りに駆られて手勢を率い、王宮を飛び出していく。その愚かなまでに真っ直ぐな背中を見送りながら、周礼(しゅうれい)は扇で隠した口元を愉悦に歪めていた。


(——かかったな、若造め)


 崔瑾が走り去った方向を冷ややかに見つめた後、周礼は足音を殺して階段を駆け上がり、望楼にいる王の前で膝をついた。


「ご覧ください、大王様! なんたること……崔瑾めは、白楊(はくよう)の姫一人のために、兵を動かしましたぞ!」


 顔の前で合わせた両手で表情を隠す。合わせられた指先が、小刻みに震えていた。


 それは恐怖ではない。長年待ち望んだ瞬間が訪れたことへの、抑えきれない歓喜の痙攣だった。


「大王様、お気づきではございませぬか? 赫燕(かくえん)を討った今、民草が、真の英雄……いや、『次の王』と噂しているのが誰の名か」


「……なに?」


 王の眉がピクリと動く。


「あの白楊(はくよう)の姫を娶ったのも、自らの血統にさらなる王族の権威を加えるため。兵を率いて王宮を出たのも、王命に背けるほどの武力を持っているのだと、この玉座を奪えるのだと、示威(しい)しているに他なりませぬ!」


 椅子の上で気だるげに傾いていた王の体が、強張った。


「……崔瑾が。私の、玉座を?」


 王の目が、ぎらりと濁った光を放つ。そこには、優秀すぎる臣下への嫉妬と、自分より民に愛される男への劣等感が、どす黒い炎となって渦巻いていた。


「……そうか、あやつめ。とうとう、牙を()いたか」


 王は手にした酒杯(しゅはい)を乱暴に(あお)った。口元から垂れた酒を拭おうともせず、脂の浮いた唇を獣のように吊り上げる。


「周礼。お前の言う通りだ。あ奴はいつも涼しい顔で私を見下し……あまつさえ、私の白楊(はくよう)の華を、無理矢理に奪いとった」


 ガンッ! と酒杯が床に叩きつけられる。


「英雄気取りで、この国を乗っ取るつもりか! おのれ、崔瑾……!」


「はっ、まさしく国賊にございます」


 周礼が深く頭を垂れる。その背に、王のどこか上擦ったような声が喜悦(きえつ)(はら)んで落ちた。


「よかろう。崔瑾の全ての官位を剥奪はくだつし、逆賊として捕えよ! 抵抗すれば殺しても構わぬ!」


 一拍置き、王は笑った。その笑みは、欲望に忠実な獣そのもの。


「——そして、白楊(はくよう)の華は、我が後宮に連れてこい。夫の罪を償わせるためにな。ふふ……あの華を今度こそ、我がものにしてやらねば」


 王はゆっくりと立ち上がった。その視線の先には、もはや国家の安寧も忠臣の命も存在せず、自分を慰める女という器しか映っていない。


「大王、英明(えいめい)なご決断です」


 周礼は、その背後で満足げに目を伏せた。この国の王は、赤子と同じ。理屈ではない。目の前に甘い蜜と欲しい玩具をぶら下げてやれば、意のままに動く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ