表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。  作者: アリスの鏡
第十四章 蛇の讒言(ざんげん)、蜘蛛の罠
190/214

百六話 奪われる白菊 2

 最高武官である大都督。その正室を、夫の不在時に連れ出す。それは略奪に等しい行為だ。今、まさにあり得ることのない力が働いている。


「——わたくしは、大都督・崔瑾様の正室。お許しなく、外出はできまぬ」


 玉蓮は、己の動揺をねじ伏せ、毅然と言い放った。だが。


(いな)。王命は絶対です」


 宦官は一歩、足を踏み出した。


「どうぞ、参りましょう。白楊(はくよう)国公主、玉蓮様」


 宦官の言葉が、玉蓮の脳裏に稲妻のように走った。


白楊(はくよう)国、公主——!?)


 玉蓮がこの国に嫁ぐ前の身分。正式な場において、普段は決して口にされることのないその呼称。それをこの場で告げる意味は、一つ。もはや「崔瑾に守られた妻」ではなく、「戦利品である姫」として、王命の前に立たされているのだという宣告。


「っ——!」


 逃れる術はない。姉が、かつて、そう呼ばれて贈られたように。今、自分も、あの男の元へ。視界が白く点滅する。拒絶すれば、この場で強引に連れ去られるだけ。そうなれば、屋敷の者たちにも害が及ぶ。あるいは、帰ってきた崔瑾が、その惨状を見て暴発するかもしれない。それだけは、避けなければ。


 ここで取り乱しては思う壺。震える膝を叱咤し、宦官を鋭く見据えた。


「わかりました。参りましょう。ですが、このままの姿で、大王様と太后様の御前に出るわけには参りません。礼節を欠かぬよう、身支度を整える時間を頂きます」


 宦官は眉をひそめる様子もなく頷く。


「……早急にお願いいたします」


「ええ」


 玉蓮は短く答え、息を整えた。そして、懐の奥にある紫水晶を、一度だけ強く握りしめる。


翠花(スイファ)、支度を。侍女たちを急ぎ集めなさい」


「は、はい……!」


 慌てて動こうとする翠花を、玉蓮は強い視線で制した。


「王の御前です——『深紫(こきむらさき)に白菊』の刺繍の外套(がいとう)を」


 その言葉に、翠花(スイファ)の動きが微かに止まる。彼女の瞳の光が強くなった。玉蓮の持ち物に、白菊の刺繍のものは数多くある。だが、深紫(こきむらさき)に白菊は特別な時だけのもの。


 翠花(スイファ)の顔色が、恐怖から決意へと変わる。主の意図を——悟ったのだ。


「承知しました」


 翠花(スイファ)が奥の部屋へと走ると同時、宦官が部屋の外に出る。玉蓮は鏡の前に立った。


 すぐに一枚の厚手の外套を手にして彼女が戻ってくる。深紫(こきむらさき)の上質な布地。その内側の隠し(ふくろ)には、ずしりとした重みがあるはずだ。


「奥様、こちらでよろしいでしょうか」


 玉蓮は差し出された衣に手を伸ばした。硬い陶器の感触が、布越しに伝わる。


 近づいた翠花に、耳元で小さく声を落とす。


「旦那様に伝えなさい——後宮へ参ります」


「奥様」


「決して手を出されぬように、と」


 翠花(スイファ)の指が小刻みに揺れている。そこに手を添えて、少しだけ力を込める。


「頼みます」


 翠花(スイファ)は深く頭を下げた。


御意(はい)。必ず……!」


 玉蓮は、翠花(スイファ)に向かって視線だけで頷くと、前を見て一歩を踏み出した。どこまでも真っ直ぐに背筋を伸ばして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ