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十二話 束の間の自由


 獣の巣のような天幕の中。男たちの汗と酒、そして獣めいた(たか)ぶりの残りかすが混じった空気に、玉蓮の肺が押し潰されそうになる。都の外に出たのはこれが初めてだというのに、こんなにも小さな天幕の布に囲まれると、自分の輪郭までも縮んでしまうようだ。


 (まぶた)の裏に浮かぶ赫燕(かくえん)の瞳に、赫燕(かくえん)の指の感触に、腹の底の炎がじわりと陰に呑まれ、揺らぐ。風のせいでもないのに、その勢いが頼りなくなった気がして、玉蓮は思わず顔をしかめた。


(——玄済国王(あの男)を必ずこの手で。決して、(ひる)むな)


 玉蓮は、顔を上げると天幕の入り口に目をやった。少しだけざわめきが遠のいた外の空気を感じて、音を立てずに入り口へと近づく。布をそっと持ち上げて様子を見れば、外はすでに闇に包まれていて、遠くで揺らめく篝火(かがりび)(かす)かな光が、ぼんやりと周囲を照らしているのがわかる。兵士たちの姿もまばらなようだ。


 ほんの少し、外の空気を吸うだけ。都の外の夜の空気を、肌で感じるだけ。幼い頃から鍛え抜かれたこの身一つあれば、並の男に遅れをとることはない。獣の巣に飲み込まれて、息を潜めて怯えるなど、復讐を誓った己がすることではない。


 ここは、玉蓮が公主である白楊の軍営——その肩書きに、ほんの少しでも意味があるなら、恐れるものなどあるはずがないのだ。朱飛(しゅひ)の忠告が脳裏をよぎるが、玉蓮はそれを頭の中から振り払うように、一歩、外へと踏み出した。


 布を一枚めくった先は、絹が擦れ、香が焚かれる後宮とは何もかもが違う、()き出しの世界。草木の匂い、土の感触、遠くで響く獣の鳴き声。穏やかな風も、澄んだ夜空も、そして篝火(かがりび)の焦げた匂いも。肌に降り注ぐ全てが、後宮の床の上では、決して感じることのできないものだった。


「……すごい」


 自然と足が前に進む。兵士たちのわずかな物音や、馬の(いなな)きが聞こえるが、それらもまた、この世界の一部として溶け込んでいく。


 やがて、少しひらけた小高い丘を見つけると、玉蓮は枯れ草の上に腰を下ろした。都では決して手に入らなかった静けさが、まるで(きり)のように玉蓮の周囲を包んでいる。


 見上げた先には、夜空を埋め尽くすように瞬く星々。姉と見上げていた、あの日の夜が今もなお、鮮やかに蘇る。声も、匂いも、その温もりも。


 姉の温かな腕を思い出して、懐にしまった鳥ごと抱きしめるようにして、自分の膝を抱えて頬を擦り付ければ、「玉蓮」と微笑む声が頭の中に響いた。


「姉上……」


 ぽつりと呟いた声が、闇にふわりと溶けて消えていく。どんなに求めても、どんなに焦がれたとしても、その温もりが戻ってくることはない。だから、恋しさを()き消すように、玄済(げんさい)国の王都・呂北(ろほく)を心のうちで焼き尽くした。

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