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闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。  作者: アリスの鏡
第十四章 蛇の讒言(ざんげん)、蜘蛛の罠
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百六話 奪われる白菊 1

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇


 まだ雨が降り続いていた。崔瑾(さいきん)の屋敷の自室で書を読んでいた玉蓮の耳に、雨音に混じって、複数の足音が廊下を駆けてくるのが聞こえた。


(——何事だろうか)


 微かに聞こえる、ひそひそと、しかし切羽詰まったような声。衣擦れの音。不穏な影が、玉蓮の心に墨を落としていく。崔瑾の屋敷で、これほどの動揺が起こることはまずない。玉蓮は書を持つ手が汗ばむのを感じた。


 その時だ。


「——奥様!」


 侍女の翠花(スイファ)が息を切らし、顔を蒼白にさせて部屋に駆け込んできた。その表情には、恐怖と焦りが刻まれている。玉蓮は弾かれたように立ち上がった。


翠花(スイファ)、どうしました」


「た、太后(たいこう)様の輿が……使いの者が、奥様を……!」


 翠花(スイファ)は、それ以上言葉を続けることができず、震える指で廊下を指し示した。


「何が……」


「——道を開けよ。不敬ぞ」


 問いかけようとしたところに、翠花(スイファ)の背後から、聞き慣れぬ声が滑り込んできた。それは、女のように高く、けれど氷のように冷たい声。


「おく、さ……ま」


 翠花(スイファ)が怯えて膝をつく。その視線の先。音もなく、まるで床の闇から滲み出てきたかのように、一人の男が立っていた。男の衣を見て、玉蓮の目が見開かれる。緑青(ろくしょう)色の地に銀糸(ぎんし)の文様。それはまさしく後宮の宦官に与えられる服。しかも、この禍々しい柄は——。


(——太后(たいこう)直属!)


 現れた宦官は、(うやうや)しく、しかし芝居がかった動作で(こうべ)を垂れた。


「お初にお目にかかります、崔夫人」


 その顔からは一切の感情が読み取れない。眼光だけが、獲物をねめ回す爬虫類のように濡れている。


「……太后様、そして大王様が貴女様をお召しです。急ぎお支度の上、後宮までお越しになるようとの王命にございます」


「後宮、ですか? なにゆえでしょう」


「大王様が、お望みです」


「それは——」


「さあ、お迎えの輿を用意しております」


 拒否を許さない、絶対的な圧力。心の臓が早鐘を打ち、唇から細い息が漏れる。全身の血が凍りつき、指先が痺れていく。


(……これは、一体何が)


 玉蓮の頭の中で、様々な疑問が渦巻き、最悪の可能性が脳裏をよぎる。


「旦那様……崔瑾様は?」


 震えを抑え問いかけた玉蓮に、宦官は薄い唇を三日月のように歪めた。


「お一人でお越しになるように、との命でございます」

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