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闇を抱く白菊 —天命の盤— 復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。  作者: アリスの鏡
第十四章 蛇の讒言(ざんげん)、蜘蛛の罠
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百五話 蛇の予言

◇◇◇


 翌日、王に呼ばれて参内したものの、謁見の間には太后(たいこう)がいるようで、扉は閉ざされたままだった。厚い扉の隙間からは、あの甘く重い、伽羅(きゃら)の香りが漏れ出ている。


 周礼と共に、廊下で待つこと一刻。重苦しい沈黙の中、崔瑾(さいきん)は背筋を伸ばして控えていた。不意に、ねっとりと鼓膜に絡みつくような含み笑いが届く。


「……ふふ、崔瑾殿」


 声の元へ視線を向ければ、いつもの甘ったるい笑みを浮かべ、周礼が袖で口元を隠しながらもその瞳をいやらしく細めていた。崔瑾は一度瞳を閉じ、感情を殺してから再び前を向いた。


「なんでしょう、周礼殿」


白楊(はくよう)の姫君は、いつまであなたの屋敷に置いておかれるおつもりですかな?」


 崔瑾のこめかみがピクリと動く。


「……どのような意味ですか」


祭祀(さいし)でお気づきのことかと思いますが、王は、姫君を後宮に迎え入れることを、いまだ諦めてはおられぬぞ。玉蓮殿のような稀代の美女を、一介の臣下の妻として囲っておくのは、いささか惜しいとのお考えのようだ」


 その挑発的な言葉に、崔瑾の背筋を、沸騰した血が逆流するような不快な熱が駆け上がった。抑え込んでいたはずの黒い感情が、胸の奥で鎌首をもたげる。


周礼(しゅうれい)殿。玉蓮殿は崔家の正室。いかなる理由があろうとも、離縁するつもりはない」


 崔瑾は揺るがぬ意思を込めて、刃のように鋭い声で告げた。だが、周礼は怯むどころか、満足げに口角を吊り上げる。まるで、その反応こそを待っていたかのように。


「ほう……しかし、王が望めば、王のもの。それがこの国の掟、臣下の務めではありませんか。まさか、大都督ともあろうお方が、王命に(そむ)く……つまり、大不敬を働くと?」


 周礼の言葉が、崔瑾の心の最も柔らかく、そして脆い部分を(えぐ)る。崔瑾は自身の血の気がすっと引き、代わりに、腹の底から氷のように冷たい殺意がせり上がってくるのを感じた。それは、忠誠をも凌駕(りょうが)する、絶対的な拒絶。


「これはこれは。崔瑾殿、英雄にあるまじき顔ですな。まるで、お気に入りの玩具を奪われまいと駄々をこねる、子どものようだ」


「——周礼ッ!」


 崔瑾の怒声が、回廊の空気を震わせた。これまでの冷静沈着な仮面が剥がれ落ちる。


「貴殿は——!」


 彼女は玩具ではない。崔瑾の妻で、一人の人間だ。射殺すような勢いで睨みつける崔瑾に対し、周礼は涼しい顔で袖を払い、なおも言葉を続ける。


「おや、恐ろしい……まあ、大切な姫君が、いつまでも崔瑾殿の屋敷で無事に過ごせることを願うばかりですな。世には、思わぬ『手違い』も起こるもの。美しすぎる花は、強風に折れやすい——くれぐれもご用心を」


 周礼は、堪えきれないとでも言うように蛇のような笑い声を漏らし、ゆったりとした足どりでその場を去っていった。その背中からは、底知れぬ悪意と、確信めいた予言の気配が滲み出ていた。


 残された崔瑾は、震える拳を、血が滲むほど強く握りしめる。


(手違いだと——? させるものか)


 もう二度と、彼女を汚させはしない。彼女の尊厳を守れるのは、私だけだ。


(——守り抜く。この命に代えても、必ず)


 その決意だけが、思考の全てを焼き尽くしていた。

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