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十一話 生の匂い

 一人残された天幕の中で、玉蓮(ぎょくれん)は微かに震える指を固く握りしめた。赫燕(かくえん)の言葉が耳の奥で反響し、腹の底で燃え盛っていた熱が、風に吹かれた炎のように揺らいだ。


 脳裏に、姉の優しい笑顔が浮かび、すぐに、それを引き裂くように、腹違いの姉妹たちの嘲笑が響き渡った。



 ——四肢を切り落とされ、皮を剥がされた——



 震えるな、怯むな、そう言い聞かせるようにさらに拳に力を込める。心の中で、自らに何度も刻みつける。あの男こそ、我が刃なのだ、と。



 どれほどの時間がそうして過ぎたのだろうか。


 厚い獣皮(じゅうひ)の幕が持ち上げられ、入ってきたのは、朱飛(しゅひ)だった。彼は無言のまま、腕に抱えていたものを玉蓮の足元に放り投げた。ドサリ、と鈍い音を立てたのは、使い古された粗末な毛皮が一枚。獣の脂と土の匂いが染み付いている。


「寝床だ……公主用の寝台などないからな」


 淡々とした声。そこに悪意はなく、ただ冷徹な事実だけがあった。玉蓮は、足元の汚れた毛皮を見下ろした。かつて冷たい石の床で眠り、埃にまみれていた日々を思えば、毛皮があるだけ上等だ。玉蓮は眉一つ動かさず、それを拾い上げた。


 次いで朱飛(しゅひ)の顔を見上げれば、そこにあるのは夜風のように静かな瞳。玉蓮を女として見る情欲も、姫として見る敬意もない。ただ「新入りの荷物」を見るような、無機質な色が浮かんでいる。


「天幕は別に用意した。それが大都督(だいととく)から言われた最低限だ」


 朱飛の言葉に、玉蓮の胸がちくりと痛んだ。劉義(りゅうぎ)。あの厳しくも優しい師が、離れてなお、見えぬ手で守ろうとしてくれている。俯きそうになった玉蓮の耳に息を吸い込む音が届く。


「……忠告しておく。ここでは、お前の常識は通用しない。軽率な真似はするな」


 朱飛(しゅひ)はそれだけ言うと、懐から油紙に包まれた包子(パオズ)を一つ取り出し、玉蓮の手に押し付ける。


「……食え。ここでは、食える時に食っておかないと死ぬぞ」


 朱飛は無造作にあごをしゃくり、視線で「行くぞ」と促した。


 手に残された、熱い塊。その温もりが、石のように冷え切っていた指先をじんわりと解かしていく。鼻をくすぐる蒸した小麦の香りと、肉の脂の匂いが、後宮で残飯を漁った記憶を蘇らせる。獣の巣のただ中で、それは玉蓮にとって、確かに——(せい)の匂いだった。


 玉蓮はそれを宝物のように(ふところ)に抱くと、迷いない足取りで朱飛(しゅひ)の後を追った。

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