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九十九話 紫水晶の刻印 1

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇


 ——討ち取った。目の前の男の昏い深淵のような瞳から、とうとう光が消えた。無数の傷口からはおびただしいほどの鮮血が流れ出し、乾いた大地に(あか)い海を広げている。全身を無数の矢に貫かれ、もはや立つことすら叶わぬはずの身体。それなのに、なぜ。なぜ最期まで、あれほど美しく、強く、剣を振るうことができたのか。


「……詰みだ」


 赫燕(かくえん)の最期の言葉が、呪いのように鼓膜に張り付いている。勝ったのは崔瑾(さいきん)。盤上に残っているのは己のはずなのに、喉元に残る浅い傷が、じりじりと熱を持って訴えてくる。剣がもう少しだけ深く入っていれば、動脈は間違いなく切れていた。あと一歩。あとほんのわずかな差で、死んでいた。それなのに、赫燕は剣を止め、笑ったのだ。


 遠くで、兵の(とき)の声が割れるように重なった。長きにわたる戦いの終わりを告げる凱歌(がいか)。大陸最強と(うた)われる軍を、ついに倒した。だが、その熱狂は分厚い壁の向こう側の出来事のように遠い。崔瑾の頭蓋の内側では、耳鳴りに似た甲高い静寂だけが木霊(こだま)していた。


 ふと、視線が赫燕の胸元に吸い寄せられた。大きくはだけた衣の隙間。血に濡れた鎖骨の間で、鈍く光るものがある。玉蓮(ぎょくれん)の胸元で揺らめいていたあの石と寸分違わぬ、神秘的な紫色の石。


「さ、崔瑾様?」


 駆け寄る兵士の声も耳に入らない。崔瑾は取り憑かれたように、赫燕の胸元へと手を伸ばした。酒宴の日、不遜な笑みと共に揺れていた石。玉蓮が持つものと、対となる石。国宝に値するほどの、息をのむような美しい紫色に、指先が触れる。


 ——温かい。


 死してなお、石だけが、彼の執念のような体温を宿している。


 革紐を引きちぎり、手のひらの上で転がす。指先が、石の裏側の「傷」に触れた。崔瑾は震える指で血を拭い、石を目元へ寄せた。たった二文字。流麗(りゅうれい)な筆致ではっきりと彫り込まれた文字。


『玉蓮』


 胸の内側で、何かが折れた。ぐらりと視界が揺れる。心の臓が大きく跳ね、血液が逆流したかのように凍りついた。

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