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九十八話 河伯の祠 4

 馮貴妃、つまり太后の手の者たちは、焼け跡の掃除を急いでいた。全身を焼かれ、物言わぬ肉の塊と化した芳梅(ほうばい)を、彼らは他の侍女たちの遺体と共に、荷車に放り込んだのだという。


「……死んでいると、思われたのでしょう。王宮外の死体捨て場に投げ捨てられ、冷たい雨に打たれて、私めは奇跡的に意識を取り戻したのです」


 そこから指の爪が剥がれるほど地を這い、死の淵でこの祠の巫女に拾われた。以来二十年、顔を隠し、過去を捨てて亡霊のように生きてきた。語られる言葉の一つ一つが、呪いのように玉蓮の肌にまとわりつく。



 語り終えた芳梅(ほうばい)は、一度奥へ下がると、小さな木箱を震える手で捧げ持ってきた。中に入っていたのは、古びた布に包まれた、黒い陶器の欠片。


「あの日……(ふう)貴妃(きひ)様から、龍の香炉(こうろ)と極上の伽羅が贈られたのです。私が宮に駆けつけた時にはすでに香は燃え尽きていましたが、あれにきっと何かが……これは、死体と共に捨てられていた香炉の欠片です……」


(——これは!)


 玉蓮は息を呑み、呆然と黒い塊を凝視した。そこには、四本角を持ち、とぐろを巻く禍々しい龍の意匠(いしょう)が、二十年の時を経てもなお、怨念のように浮かび上がっていた。



 玉蓮は、香炉の欠片を懐の奥深くへと押し込んだ。薄い布越しに伝わるその陶器は、まるで氷のように冷たく、あるいは火傷しそうなほど熱く、玉蓮の心の臓を焼いた。


 重い扉を押し開き、(ほこら)の外へと踏み出す。そこには、心配げな顔をした阿扇が待っていた。玉蓮を見て、彼は息を呑んで駆け寄ってくる。


「玉蓮様。随分とお時間がかかりましたが……一体、何を?」


 玉蓮は何も答えず、阿扇の腕を強く掴んだ。己の指先が凍えているのか、それとも阿扇の腕が熱を持っているのか。その圧倒的な温度差に、玉蓮は己を諭すように短く息を吐いた。


「阿扇。旦那様に、伝えなければなりません」


「は? 何を……」


 懐の上から黒い破片を握りしめる。指先に食い込む陶器の鋭さが、彼女に迷いを捨てさせた。これが、全てを終わらせるための駒になる。


「これは、太后の喉元に剣を突きつける……終局の一手です」


 玉蓮は、揺らぐことなく、鉛色の空を真っ直ぐに見上げた。


 遠くで、儀式を終えた大臣の妻妾たちの、鈴を転がすような華やかな笑い声が聞こえてくる。その平和な響きが、ひどく場違いで、遠い世界の出来事のように思えた。

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