九十七話 最期の一手 2
赫燕は、朱飛の体を静かに横たえると、再び立ち上がった。その体は、無数の傷から血を流し、満身創痍。それでも、その胸に宿る炎は、衰えていない。仲間たちの死が、最後の燃料となって、体の奥底で、轟々と炎が音を立てて燃え上がる。
(すでに全てを失った。だが、それでも構わない。——喉笛に届く者へ、ただ、届けばいい。後は、あいつが——)
視線の先、砂塵の向こうに、一人、佇む男がいる。崔瑾。
赫燕は、血に濡れた大剣を、切っ先を揺らすことなく構え直した。刃が、主の殺気を飲み込むように低く唸る。一歩、また一歩。赫燕は、死神のような足取りで歩を進めた。崔瑾の冷徹な瞳が、こちらを捉えている。
「崔瑾。お前の『正義』は、何を守った?」
目の前の男の、あの完璧な鉄面皮が、初めて微かにひび割れる。
「この世に、絶対の正義が存在するとでも? お前にとっての光は、誰かにとっての闇だ。お前が国を守った結果、玄済の王が……太后が何をもたらした」
崔瑾の瞳が揺れる。その奥に、明確な動揺の色が滲んでいる。それを見た瞬間、赫燕の口元から愉悦の笑いが漏れた。見える。目の前の崔瑾のさらに向こう側。王都・呂北と、己が描いた壮大な盤の終着点が。
「あなたがやっていることは、ただの破壊です」
崔瑾が叫び、剣を構え直した——その瞬間。
——ザザザザザザザッ!
木々の奥、崖の上から無数の黒い盾が、巨大な獣の鱗のように次々と起立した。盾の隙間から、強弩隊の冷ややかな鏃が一斉にこちらを睨む。




