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九十七話 最期の一手 1

◇◇◇ 赫燕(かくえん) ◇◇◇


 側近たちが、次々と散っていく。赫燕(かくえん)は、その全てを視界の端に捉えながら、それでも、ただ一点、前だけを見据えていた。崔瑾(さいきん)の本隊は、もう目前。だが、その進路上には、深緋(こきひ)の旗を掲げた精鋭部隊が、鉄壁となって立ちはだかる。


 赫燕は無言で馬の腹を蹴り、その死の壁に向かって突撃する。馬は刃を受けても、矢が突き刺さっても、決して足を止めない。主の悲願を、その背に乗せていると知っているかのように。赫燕が敵の刃を重い剣撃で弾き飛ばした、その時。死角から伸びてきた槍が、馬の喉元を深く、無惨に切り裂いた。


 ——ヒュルル……ッ!


 苦しげな、笛のような(いなな)き。それでも、愛馬は倒れなかった。主を地面に叩きつけまいと、最後の命を振り絞り、四本の足を踏ん張って立ち尽くす。ブルブルと全身を痙攣(けいれん)させたかと思うと、主の足が地につくのを待ってから、糸が切れたように、ゆったりと崩れ落ちた。


 赫燕は、大地を踏みしめ、物言わぬ馬の頭を一度だけ強く撫でる。


(——倚天(イーティエン)


 感傷に浸る間もなく、四方から無数の刃が殺到する。赫燕は短く息を吸い込み、旋回するように刃を薙ぎ払う。一つ、二つ、三つ……四つ目の穂先を(かわ)した瞬間、背後から猛烈な殺気が迫った。


 しかし、赫燕は笑う。次の瞬間には、一陣の黒い風が、己と敵刃の間へと割り込んだからだ。朱飛、そして彼が率いる最後の数騎。彼らの動きに、迷いはない。朱飛は馬上から飛び降りざまに、音もなく敵兵の首を斬り飛ばした。


 赫燕は、吸い寄せられるように一歩、後ろへ下がり、その背中を朱飛に預けた。ガチリ、と甲冑(かっちゅう)が触れ合う音。背中越しに伝わる、慣れ親しんだ体温と重み。二人は背を合わせ、押し寄せる精鋭の輪に、剣閃(けんせん)で火花を散らす。


「……お前らの隊なら、逃げ切れただろう」


 赫燕が敵を斬り伏せながら、ぽつりと呟いた。


「最期まで……おそばに」


 朱飛もまた、その剣を休めることなく、涼やかに答える。


「……そうかよ」


 赫燕の口元に、笑みが浮かぶ。


「朱飛」


「……はい」


 言葉は、それだけ。互いの背中に伝わる熱が、あの日を思い出させる。


 炎に包まれた城、黒煙の中で崩れ落ちる父たちの姿。父から継いだ剣が、舞う。国の第一将であった朱飛の父が叩き込んだ通りに、二つの剣が風を切る。その動きは淀みなく、狂いなく合わさっていく。まるで、二つの身体が一つの生き物になったかのように。


 一瞬の隙。赫燕の死角から突き出された、一本の槍。心の臓を目掛けた鋭い一撃。


(——入る!)


 瞬き一つ。次に目蓋(まぶた)を開けた時、そこには、反転して赫燕を庇った朱飛の背中があった。


————ドスッ!


 鈍く、重い音が、耳元で響く。己に届くはずだった刃先が、朱飛の背中を、胸を貫き、赫燕の目の前まで突き抜けていた。朱飛の唇から溢れた赤が、赫燕の顔に飛び散り、視界を朱く染める。


「……朱飛、てめえ!」


 喉から、獣のような絶叫がほとばしった。


「えんさ、ま……」


 血を吐きながら、朱飛はゆっくりと、糸が切れた人形のように赫燕の胸に崩れ落ちる。


「……今度こそ……」


 そう呟いて、その瞳から光を消す。銀色の耳飾りが鈍く輝き、ぐらりと揺らいだ。


 目の前から、色が消える。腕の中の(むくろ)が、鉛のように重くなる。だが、それは刹那(せつな)

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