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九十五話 地獄の盤面 3

 兵たちがいるはずの森は、あまりにも静まり返っている。風の音も、鳥の声も、虫の音さえも、一切の音が消え失せ、死んだような沈黙が辺りを支配している。


 崔瑾は一瞬、そこに何があるのかわからなかった。目の前に広がっていたのは、ぬらぬらと不気味な光沢を放つ、髑髏(どくろ)台。白ではない、真紅に染まった頭が積み上げられている。


(——やはり、そうか)


 そして、その惨状とは不釣り合いなほどに、美しい紅い絹の衣が、まるでそこだけが聖域であるかのように美しくたたまれている。血の匂いが充満するこの空間で、その衣だけがぽっかりと輝くように。その上には、一輪の美しい白菊と、一通の文。


(やはり、お前は、玉蓮殿を奪い返すというのか——)


 崔瑾の手は微かに震えていた。文に手を伸ばし開くと、あまりにも流麗な文字が目に飛び込んできた。



『与霜牙之地民偕、我等亦散為血華

霜牙(そうが)の大地と民、その全てと共に、我らも血の華となって散ってやろう)』


 それを読んだ瞬間、崔瑾の全身を悪寒が貫いた。知略で、戦術で、自分は完全に勝利していたはずだった。だが、違った。あの男は、最初からこの盤の上では戦っていなかったのだ。あの男は、盤そのものを叩き壊し、全く別の地獄の盤をこの地に作り出したのだ。


(そして、彼女を——)


「崔瑾様!」


 別の伝令が、血相を変えて駆け込んでくる。


「赫燕が残した髑髏(どくろ)台の書付、西市の掲示板にも同じものが張り出されたと! それを見た民が、我先にと逃げ出しております! 祭祀(さいし)の人だかりも相まって、このままでは、都の西一帯が大混乱に陥ります!」


「——っ」


 崔瑾は、天を仰いだ。


(——やられた!)


 赫燕は、この崔瑾軍を攻めているのではない。この国の民の、その恐怖心そのものを、攻めているのだ。


「……馬斗琉」


「はっ」


「やむを得ん。手勢の半分を(しょう)将軍に預ける。西郊(せいこう)駅亭(えきてい)を拠点とし、民の鎮撫(ちんぶ)にあたらせよ」


「し、しかし、崔瑾様! 我らの、ここにいる手勢は五千もおりませぬ」


「良い! 向かわせよ!」


 その瞬間、崔瑾の視線が、遠く、霜牙(そうが)の大地の方角へと吸い寄せられた。空と大地が溶け合うかのような水平線の彼方から、一本の、細く、しかし明確な黒い狼煙(のろし)が、天へとゆっくりと昇っていくのが見えたのだ。


 それは、助けを求める信号ではない。また、勝利を告げる合図でもない。玄済(げんさい)国の、狼煙(のろし)では、ない。静かに立ち上るその狼煙は、崔瑾には、こう告げているように見えた。


——もう、手遅れだ、と。

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