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八十九話 亡霊の都 2


 その夜。赫燕(かくえん)は、朱飛だけを伴い、旧王宮の半ば崩れかけた書庫へと、足を運んでいた。


 自らが生まれ、そして滅ぼされた国の「真実」の記録が、この打ち捨てられた都の片隅に、眠っているのではないか。玄済(げんさい)国が、いかにして歴史を捏造(ねつぞう)したのか。その汚れた手口を、自らの目で確かめたかった。


「旧王都でも、壊せば何か思うもんがあるかと思っていたが、なんもねえな」


「そうですか」


「欲しいもんがあると、やっぱ駄目だ」


「それは、どういう?」


「それしか、見えねえっつー話だ」


 書庫の中は、想像以上に荒れ果てている。埃を被り、虫に食われた竹簡(ちくかん)や巻物が、無造作に山と積まれている。赫燕は、苛立ちを隠しもせず、その山を蹴り崩していく。


「……くだらねえ。勝利者の書き残した、『おとぎ話』ばかりか」


 朱飛が、崩れた中から、比較的状態の良い巻物を拾い上げ、その表題を読む。


「『夏国(かこく)討伐(とうばつ)之記のき』……」


「は、討伐だと?」


 赫燕は、それを朱飛から受け取り、目を通す。そこには、予想通りのものが記されていた。夏国の王の「暴政」。民の「解放」への喜び。


「……こうして歴史は創られるってか。暴君の(そし)りを受けた者が、どんなやつだったかを知る人間は、存在しないことが多いからな」


 赫燕は、その巻物を壁に向かって力任せに叩きつけた。竹簡(ちくかん)が砕け散り、ばらばらになった木片が、床に虚しく散らばる。


 その時だった。崩れた書巻の山の中から、一巻だけ、明らかに異質なものが、ころりと転がり落ちた。それは、武骨な軍記物ではない。色褪せてはいるが、上質な絹で装丁(そうてい)され、金泥(きんでい)で文字が記された豪奢(ごうしゃ)な一巻。


 朱飛がそれを拾い上げ、その表紙に記された文字を読んだ。


「……『元后(げんこう)崔氏(さいし)崩御(ほうぎょ)記録』?」


 そのまま広げて、目を走らせていた朱飛の顔が見るからに、険しくなっていく。朱飛の息が、ヒュッ、と喉の奥で鳴った。


「おい、何してる」


 赫燕は、興味なさげに吐き捨てたが、朱飛は反応することなく、手元の書巻を大きく開く。


「これを……!」


 赫燕は、(いぶか)しげに朱飛の手元を覗き込む。そこに記されていたのは、二十年程前、当時の王后(おうこう)(さい)氏が火災で命を落としたとされる記録。


 夏国(かこく)を滅ぼした翌年に、王后の宮で火災発生。王后(おうこう)が亡くなり、そのまま豊かな夏国(かこく)の地、現在の呂北(ろほく)遷都(せんと)


 そして、その記録の最後の一文。焼け跡の検分記録の中に、それはあった。


『……王后宮(おうこうきゅう)、寝所、焼け跡より『四本角の龍の香炉(こうろ)』の破片、発見さる。火元とは異なると見られる。ただし、香炉の形状、紋様の詳細は焼損(しょうそん)により判別不能……』


「……龍の香炉(こうろ)、だと?」


 赫燕の動きが止まる。全身の血が、とたんに凪いでいくように冷たくなる。


「……玄済(げんさい)国の当時の王后(おうこう)は、国の名門・崔家の出身のはず。奪った戦利品が巡り巡って?」


「んな偶然あってたまるか」


「……ですよね」


「十中八九、蟠龍(ばんりゅう)だな」


 赫燕の唇から、はっと、まるで、肺に残った最後の空気を吐き出すかのような、乾いた笑いがこぼれる。皮肉のような、絶望のような、そしてどこか嬉しさすら混じる。


「もう少し読む。本陣の、俺の天幕に置いておけ」


「御意」


 朱飛の手から書巻を受け取り、ゆっくりと閉じる。それで己の頭を数度小突く。


「あんたは、いつだってそうだ。流石だぜ」


 書庫の闇の中で、ゆっくりと唇の端を釣り上げていく。書巻を握った手からは、ぎりりと鈍い音がした。

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