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九話 伽羅の香 1

◇◇◇


 城門を抜けると、世界の色彩が変わった。整然とした石畳の道は、やがて(わだち)の刻まれた土の道となり、赫燕(かくえん)軍の屯所(とんしょ)が近づくにつれ、空気は血と鉄の香りを帯びていく。


 辿り着いた先、そこは、軍の駐屯地というより、野獣の群れが(うごめ)く巣のようだった。


 紫紺(しこん)地に金の飛龍を描いた旗が、生暖かい風にバタバタと音を立ててはためいている。けたたましい酒盛りの声と乾いた賭博の札の音。もうもうと立ち上る土埃と男たちの汗、そして決して消えることのない微かな血の臭いとが混じり合う。あちこちで兵士たちが笑い声を上げながら武器の手入れに興じ、その顔に刻まれた深い傷跡と、獲物を探す狼のような瞳が、見る者に声なき威圧をかけてくる。


 その荒々しい獣たちの群れの中に、玉蓮(ぎょくれん)は一輪の花のように投げ出されていた。場違いなほどに清潔な薄紫の衣。彼女の姿を認めた瞬間、周囲の喧騒がふっ、と波が引くように静まり返る。


 突き刺さる無数の視線。それは好奇心などという生易しいものではない。まるで粘つく舌で、衣の上から全身をねっとりと舐め回されるような、剥き出しの欲。ここで(おび)えれば、食われる。本能がそう告げている。


 玉蓮が、肌が粟立つのを必死に抑え、背筋を真っ直ぐに伸ばして大地を踏みしめていると、すっと一人の男が隣に立った。音も、気配もなく。


「……姫さんか」


 低く、響きのある声が鼓膜を震わせた。夜風の匂いを帯びた男は、その髪の半分を固く編み上げ、半分を風に遊ばせている。無表情な顔からは、一切の感情が読み取れない。だが、その瞳は夜の湖のように静かで深く、周囲の獣じみた男たちとは明らかに、異質だということだけはわかった。


 そして、左の耳朶(みみたぶ)には、白楊(はくよう)国では見かけない意匠(いしょう)を施した古びた銀の耳飾りが一つ、鈍い光を放っていた。


朱飛(しゅひ)だ。お頭が待っている」


 男はそれだけを告げると、迷うことなく(きびす)を返す。


 朱飛(しゅひ)が歩みを進める道は、まるで巨大な岩を避けて流れる川のように、自然と開けていく。粗暴な男たちは、彼にだけは畏怖(いふ)の目を向け、道を譲った。夕闇の中、彼女はただ、その広い背中だけを見つめて進んだ。

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