八十三話 白菊の逢瀬 3
「元気か?」
今度は赫燕が、玉蓮の顔を真っ直ぐに見つめて尋ねた。
「……はい」
玉蓮は、少し間を置いて、でもその瞳から視線を逸らすことなく答える。
「攻めあぐねていますが……生きて、います」
生きろ、その言葉を胸に。伝えられない思いを込めて、衣の上から紫水晶に触れるように、己の胸元に手を置いてそのまま握りしめた。
揺れることなどなかった瞳が微かに揺れている。玉蓮だけを映しながら。
「俺は……お前を」
しかし、その言葉は途中で途切れ、唇が固く、引き結ばれる。ひとつ息を整えてから、ようやく唇が動いた。
「進めばいい。思うままに」
心を震わす、その声の元を見つめる。手を伸ばせば、その胸に触れられる。伽羅の香りがする、紫水晶が揺れるその胸に。この胸を焦がすような衝動だけは、どうしても消せない。消えてはくれないのだ。別の道を生きると、あの日、決意したはずなのに。
伸ばした玉蓮の手に、赫燕の手が触れぬまま、重ねられる。熱が空気の壁を通して伝わってくる。触れることなく、輪郭をなぞるように、大きな手が玉蓮の肌に沿って動いていく。髪を辿り、頬、首筋へ。
少しでも動いてしまえば、触れてしまうその温もりに、玉蓮は目を閉じた。何の涙かわからない雫が、玉蓮の目尻から溢れていく。この涙も、揺れ動く鼓動も、乱れる呼吸さえ、許されぬはずなのに。月の光が遮られて、閉じた目蓋の先が暗くなる。
「——奥様!」
遠くから聞こえてきた翠花の声に、玉蓮の身体はびくりと震えた。その瞬間、首元に赫燕の指が微かに触れ、熱い余韻が肌に残る。後ろを振り返れば、外套を手にした翠花と、その隣を歩く崔瑾の姿があった。
遠くからでもわかる崔瑾の鋭い眼差しに、玉蓮は喉の奥で、ひきつったような音が鳴るのを聞いた。しかし、その瞳は玉蓮ではなく、氷のような冷たさで、ずっと赫燕だけを捉えている。砂利を踏み鳴らすように歩いてきた崔瑾が、お手本のように微笑みを浮かべて、手を合わせた。
「これは、赫燕大将軍」
「大都督、崔瑾殿」
赫燕もまた、低い声で応じる。二人が礼を交わす。それまで聞こえていたはずの、風の音がぴたりと止んだ。崔瑾は、赫燕の隣に立つ玉蓮をちらりと見やり、すぐに視線を赫燕に戻す。




