表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/214

八十三話 白菊の逢瀬 3

「元気か?」


 今度は赫燕が、玉蓮の顔を真っ直ぐに見つめて尋ねた。


「……はい」


 玉蓮は、少し間を置いて、でもその瞳から視線を逸らすことなく答える。


「攻めあぐねていますが……生きて、います」


 生きろ、その言葉を胸に。伝えられない思いを込めて、衣の上から紫水晶に触れるように、己の胸元に手を置いてそのまま握りしめた。


 揺れることなどなかった瞳が微かに揺れている。玉蓮だけを映しながら。


「俺は……お前を」


 しかし、その言葉は途中で途切れ、唇が固く、引き結ばれる。ひとつ息を整えてから、ようやく唇が動いた。


「進めばいい。思うままに」


 心を震わす、その声の元を見つめる。手を伸ばせば、その胸に触れられる。伽羅(きゃら)の香りがする、紫水晶が揺れるその胸に。この胸を焦がすような衝動だけは、どうしても消せない。消えてはくれないのだ。別の道を生きると、あの日、決意したはずなのに。


 伸ばした玉蓮の手に、赫燕の手が触れぬまま、重ねられる。熱が空気の壁を通して伝わってくる。触れることなく、輪郭をなぞるように、大きな手が玉蓮の肌に沿って動いていく。髪を辿り、頬、首筋へ。


 少しでも動いてしまえば、触れてしまうその温もりに、玉蓮は目を閉じた。何の涙かわからない雫が、玉蓮の目尻から溢れていく。この涙も、揺れ動く鼓動も、乱れる呼吸さえ、許されぬはずなのに。月の光が遮られて、閉じた目蓋(まぶた)の先が暗くなる。




「——奥様!」




 遠くから聞こえてきた翠花(スイファ)の声に、玉蓮の身体はびくりと震えた。その瞬間、首元に赫燕の指が微かに触れ、熱い余韻が肌に残る。後ろを振り返れば、外套(がいとう)を手にした翠花(スイファ)と、その隣を歩く崔瑾の姿があった。


 遠くからでもわかる崔瑾の鋭い眼差しに、玉蓮は喉の奥で、ひきつったような音が鳴るのを聞いた。しかし、その瞳は玉蓮ではなく、氷のような冷たさで、ずっと赫燕だけを捉えている。砂利(じゃり)を踏み鳴らすように歩いてきた崔瑾が、お手本のように微笑(ほほえ)みを浮かべて、手を合わせた。


「これは、赫燕大将軍」


大都督(だいととく)、崔瑾殿」


 赫燕もまた、低い声で応じる。二人が礼を交わす。それまで聞こえていたはずの、風の音がぴたりと止んだ。崔瑾は、赫燕の隣に立つ玉蓮をちらりと見やり、すぐに視線を赫燕に戻す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ