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八十二話 疑惑の石

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇


 酒宴の喧騒(けんそう)が、崔瑾(さいきん)の耳には遠く聞こえていた。白楊(はくよう)国の重臣たちと形式的な外交辞令を交わしながらも、意識はすでに、会場の中央に座る赫燕(かくえん)へと向けていた。あの会談の日以来、直接対峙するのは初めてのこと。好敵手と呼ぶに相応しい、あの男。


 視線を微かに動かして、視界の端に彼を捉えた瞬間、無防備に開かれた胸元に目が吸い寄せられ、崔瑾の動きは、一瞬、ぴたりと止まった。


 杯を傾けかけた腕が、宙で凍りつく。


 あの男の胸元で揺れる、あの紫水晶。その、あまりにも見慣れた輝き。違う。見慣れているはずがない。あれは、敵国の将軍の胸にあるのだから。では、なぜ、この輝きを、知っているのか。


 喉の奥で、温い酒が途切れた。脳裏で、灼けつくように、記憶が逆流する。



——西の空を見つめていた、彼女の横顔。


——「珍しい石だと思っただけです」と告げた時の、彼女の、あの安堵の表情。


——そして、会談の日に、彼女のうなじを所有者のように撫でた、あの男の指。



(ああ、そうか)



 あの紫水晶は、彼女の過去などではない。この腕の中にいる間でさえも、今この時でさえも、あの男と彼女を繋いでいる鎖。彼女の中の闇は、あの男そのものなのだ。


 全てが結びついた。(きら)びやかであったはずの宴の灯りが滲んだ。誰かの笑い声が、急に遠くなる。喉の奥で息が詰まり、指の間から零れた滴が、(ほう)の上で黒く広がる。


 それでも、笑わねばならなかった。今、この場の誰よりも。急速に冷えていく指先を感じながら。


 こちらの視線に応えるように、赫燕は、遠くから崔瑾の顔とその隣に座る玉蓮を見て、残酷なまでに愉しげな笑みを浮かべた。そして、まるで勝利を祝うかのように、ゆっくりと酒杯をこちらに向かって掲げてみせる。


「ッ——!」


 崔瑾は、杯を口に運ぶ。酒は、もはや味も熱も感じない。胸の奥にあったはずの、硬い芯のようなものが、音もなく砂のように崩れ落ちていく。


 手の甲に白く浮いた筋が視界に入り、それをどうにか袖の影に隠した。

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