七十九話 歳月と心 2
「……止めないのですか?」
玉蓮が固く結んだ拳を震わせながら見上げれば、そこには、どこまでも優しい瞳がある。吹き抜ける風が、玉蓮の黒髪を撫でていく。玉蓮を抱きしめる崔瑾の腕に、さらに力が込められた。
「太后と周礼という要を、壊そうとしておいでですね? 確かに、この国を動かしているのは太后派と呼ばれる一派です。大王は傀儡にすぎません。私も一派を瓦解させる一手を探していますが、あと一歩足りない」
「……旦那様も、お探しに?」
玉蓮は、信じられないものを見るかのように崔瑾を見つめた。彼が、深く頷く。
「様々な証跡を辿り、書簡や帳簿などを手に入れていました。私の予想が正しければ、太后は、王の生母である崔王后を殺害しています」
その言葉に、玉蓮は息を呑んだ。国の最高権力者である太后が、王の母を殺害したというのか。いや、違う。その権力を得るために、王の母を殺害したのか。
「崔王后を」
「はい。私の叔母上です」
「大王は、それを……」
「大王は真実を知らぬまま、太后の手のひらで操られています。崔王后が崩御された際……宮にいたものも含めて全員の死因は焼死とされていますが、遺体を運ぶための人夫の数が、あまりに少なすぎるのです。崔王后の亡骸を丁重に葬るふりをして、実際には記録にも残らぬ場所へ捨て去った可能性が高い」
「亡骸を……捨てた……?」
「はい。今は網を破る機を待っています。……玉蓮殿。太后は、生母を殺害し王子を得たのです。あの方は、目的のためなら手段を選ばない。以前、蕭家に起こった全ては、調査を進めていたこちらへの牽制です」
「牽制で……あのようなことを」
(いや、後宮とはそういう場所だ)
いつ、何が起こり命が狙われるかわからない。それがあの場所なのだ。玉蓮は息を呑んだ。
「はい。今は、ひたすらに待つときです。機が熟すのを」
崔瑾の瞳には、燃えるような決意の炎が宿っている。その瞳が、再び玉蓮に戻ってきて、柔らかく細められた。
「ですから……玉蓮殿は、どうか危険な真似はせぬように。あなたが一人でその網に触れれば、今度はあなた自身が絡め取られてしまう。私は……それだけは、耐えられないのです」
玉蓮の心に広がる、温かい波紋。本当に心から案じているのがわかるからだ。でも、その優しさが、玉蓮の胸を締め付けていく。言葉を返せない玉蓮の頭を、崔瑾が撫でた。
「今日は、冷えますから……貴女の手を離したくないのです。寝所に戻りましょう」
崔瑾は玉蓮の手を取り、微笑む。手を引かれ、再び温かい寝所に戻る。柔らかな絹の寝具が肌に心地よくて、そこにすり寄るようにして、玉蓮は大きな腕の中で、ゆっくりと目を閉じた。




