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七十八話 魅惑の才気 2

 玉蓮は、(わず)かに顎を上げ、その場の一切を見下ろすかの如く、傲然(ごうぜん)と視線を巡らせた。


 口元には、薄っすらと嘲弄(ちょうしょう)が浮かび、彼女たちの反応を面白がるかのように、さらに深くその弧を描く。それは、もはや悪戯めいた稚気(ちき)あるものではなく、獲物を追い詰める捕食者のような、冷酷で研ぎ澄まされたものへと変貌していた。


「旦那様に嫁ぎたいと願う令嬢が多い、とか。仕方ないことですわ。旦那様はこの国の英雄。文武両道に秀で、見目麗しく、そして何よりもあんなにお優しい方ですものね」


 阿扇が、小さく「玉蓮様」と呼ぶが、玉蓮は知らん顔。


「ですが、そのようなお話を声高(こわだか)になさるのは、いかがなものかと存じます。旦那様に嫁げなかった事実で、ご自身を(おとし)めるだけ。敗者が何を吠えようと、それは戯言ざれごとに過ぎませんもの」


「——なんて人なの!」


 一人の令嬢が、たまらず叫び声を上げるも、まるで耳に届いていないかのように、玉蓮は、自らの頬にそっと指を触れ、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべた。


「旦那様はわたくしとの婚姻を、そんなにもお喜びくださっているのね。この顔をお気に召していただいて、何よりです。皆様も美しいけれど、わたくしほどではございませんものね」


「なっ」


「そのような信じがたい噂が出るほどに、旦那様がわたくしを思ってくださっているなんて、存じ上げなかったわ。ああ、早く屋敷に戻って旦那様をお待ちしなくては。皆様、素敵なお話を本当にありがとう。旦那様によくお伝えしますわね」


 玉蓮は、満面の笑みを浮かべ、鈴が鳴るような声で「ねえ、翠花(スイファ)」と呼びかけた。


 その声には、先ほどまでの冷たい響きは微塵もなく、まるで純真な少女のような無邪気さが溢れていた。翠花(スイファ)も翠花で、先ほどまでの怒りはどこへやら、玉蓮の変化に戸惑うどころか、にっこりと頷きを返している。


「はい、奥様!」


 そんな二人の様子に、周囲の令嬢たちは一瞬、息を呑んだが、阿扇はようやく終わったかと、ふう、と息を漏らした。


「玉蓮様、帰りましょ——」


 この場から一刻も早く立ち去りたいという思いが、口から自然とついて出た。




 しかし、その言葉は、ふと挙げられた手によって遮られた。


「そういえば——ご挨拶がまだでしたわね」


 阿扇は、思わず両目を手で押さえるように顔を背けた。玉蓮は、再び冷たい瞳を令嬢たちに向けている。


「挨拶ですって?」


 礼を拒否する令嬢たちに、玉蓮は一切怯まず、その場に立っていた。玄済(げんさい)国においては、格下の者が格上の者に挨拶するのが礼儀だからだ。大都督(だいととく)の上に立つのは、国王か、非常置の丞相(じょうしょう)のみ。


 大都督(だいととく)である崔瑾の正妻、かつ白楊(はくよう)国・公主である玉蓮の家格に勝る者は、この場には存在しない。玉蓮の背筋は真っすぐに伸び、一点の揺るぎもない。


 周囲の令嬢たちは、その威厳に満ちた姿に気圧され、徐々に表情をこわばらせていく。彼女たちの軽薄な笑いは消え失せていた。


「わたくしは大都督(だいととく)・崔瑾様の正室。わたくしに礼を取らぬのであれば、(さい)家を侮辱するも同然です」


 冷気を帯びた声が響き渡る。戦場に出ていた将にすれば、ぬくぬくと育った令嬢など敵にもならない。玉蓮の眼差しは、鋭い刃物のように令嬢たちを射抜いている。


 男でさえも息を詰めるほどの玉蓮の覇気に、令嬢たちはガタガタと身体を震わせる。顔は青ざめ、口元は引きつり、まるで凍りついたかのように言葉を発することができない。膝頭は震え、互いに顔を見合わせるが、誰もが助けを求めるような眼差しをしていた。


「どうされますか」


 怯えた令嬢たちは、その言葉を合図に、競うようにして膝をついた。そして、(うやうや)しく手を合わせ、額にその手をつけながら、震える声で自身の名を告げていった。一人、また一人と。絹が擦れる音が響く。

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