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七十八話 魅惑の才気 1


 そこへ翠花(スイファ)(かんざし)を手に戻ってきた。その瞬間、店の奥から女たちの笑い声と、なにやら興奮した囁きが耳に届いた。


「あの方が(さい)家のご正室になられた、白楊(はくよう)国の公主様ね」


「美しい方。まるで絵から抜け出たよう」


崔瑾(さいきん)様は、どのご縁談もお断りになられていたというのに、まさか白楊(はくよう)国の方をお迎えになるとは」


 ひそひそと囁かれる声は、次第に大きくなり、阿扇(あせん)の耳にもはっきりと届く。ふと、気取られぬように視線を巡らせれば、そこにいたのは高官の娘たち。皆、豪華な衣装を身につけ、扇で口元を隠しながらも、その視線は遠慮なくこちらに向けられていた。


 崔瑾に縁談を断られた家の令嬢もいる。彼女の眼差しには、悔しさと嫉妬が入り混じっている。その鋭い光の一つ一つが玉蓮に突き刺さっている。


「崔瑾様は、公主を手に入れられて、それはもう朝廷でも息巻いておいでとか」


「元は大王が望んだ公主ですもの。それを横取りできる(さい)家の力は、天まであと三寸と(うた)われているわ。並大抵の家では、とてもできることではないでしょう」


「敵国の公主でありながら、大都督(だいととく)である崔瑾様をたぶらかすなんて、とんだ手腕ね。一体、どんな妖術を使ったのかしら」


「戦にも出られていたそうですわ。前線の地で、どんな手練手管で崔瑾様をたぶらかしたのか、想像するのも恐ろしい。殿方に囲まれて、娼婦の真似でもされたのではなくて? まったく、恥知らずな」


 玉蓮に対する心ない囁きが、阿扇の耳を塞ぐ。玉蓮に視線を向けても、白く美しい顔がそこにあるだけ。でも、どこか微笑(ほほえ)んでいるようにも見えるそれに、阿扇は背筋がぞくりと震えた。


「崔家と対抗する大臣たちの中にも、いまだ公主様を得ようと(はかりごと)を巡らせる者もいるのですって」


「朝廷に争いを巻き起こすなんて、まさに月貌華(げつぼうか)。その美貌で、男たちを惑わし、国を傾ける気なのかしら。この国の平穏を乱す存在でしかありませんわ」


「まごうことなき妖婦(ようふ)ですわね。きっと、あの瞳で男たちを(たら)し込み、意のままに操るのでしょう。我が国の未来を危うくする前に、早く追放すべきです」


「崔瑾様もお早く、家柄の良い側室を娶られればよろしいのに。そうすれば、あの公主も、これ以上、あの方の隣に立つことはできなくなるでしょう。崔家(さいけ)に嫁ぎたい令嬢など、星の数ほどいるのですから」


 公の場では表立って口にしないものの、こうして人目を忍んだ場所では、その本性が露わになる。玉蓮が崔瑾の隣に立つことの不釣り合いさ、そして自分たちこそがその地位に相応しいという傲慢なまでの自負。その言葉の刃は、阿扇自身の心にも鋭く突き刺さる。


 翠花(スイファ)が悔しげに顔を歪めて、動き出そうとするから、阿扇は腕を取って止めた。


翠花(スイファ)


 こちらに向けられた視線に、首を振れば、小さく「許せません」と呟く。


 玉蓮も傷ついてるだろうと阿扇は気まずくなりながらも、視線を動かしたが、飛び込んできたのは、予想もしなかったもの。目の前の玉蓮は、悪意に満ちた言葉の応酬をまるで楽しんでいるかのように、ゆっくりと、確かに、その唇の端を釣り上げたのだ。


 阿扇は、息を呑んだ。それは、崔瑾の前で見せる、あの、はにかんだような笑みではない。戦場で兵士が見たと騒いでいた、あの、全てを支配する者の、(くら)いそれだ。


「え! 奥様!」


 翠花(スイファ)の驚きと焦りが入り混じった声が聞こえたかと思うと、当の玉蓮は迷いなく、令嬢たちの声がする方に向けて足を一歩踏み出した。


「ぎょ、玉蓮様!」


 阿扇も思わず、玉蓮の名を叫んで呼び止めたが、その声は、玉蓮の耳には届いていない。彼女はどこか楽しげに、舞うように足早に進んでいく。阿扇の手には、嫌な汗がじわりと滲んでいた。次の瞬間、玉蓮は令嬢たちの前に立っていた。


「お待ちを——」


「ご令嬢の皆様、ごきげんよう。とても楽しげなお話ですわね」


 令嬢たちの顔から一瞬にして笑顔が消え失せ、驚きと戸惑いの表情が浮かんだ。まるでこの世のものではないモノを見ているかのように、目が見開かれている。

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