七十七話 炎の内側 2
「旦那様から、力のない公主だと聞いていませんか? 力がないとは、そのままの意味。力のない女たちは、後宮では存在していないと同義です」
「でも、公主なら……」
「王の関心がない人間に、配慮する者などおりません。王の寵愛こそが、女たちの唯一の武器であり、盾。それがなければ、公主であろうと、ただの道具。牛や馬と同じです」
それらが、阿扇の頭の中で、意味を結ぶのに数瞬を要した。思考が、止まる。
「後宮は、力のない者は生き残れない。力がなければ、待つのは死、のみ。美しさも、教養も、何の役にも立ちません。力を持ち、その力を利用して生き残るしかない場所なのです。衣より、簪よりも、わたくしは……姉上とともに、その日を生き延びる糧が欲しかった」
玉蓮は、遠い目をしながら語った。確かに、玄済国の王に贈られてくるということは、そのまま死を意味すると言ってもいい。昨夜、崔瑾に訴えた自分の言葉が今になって、己の心の臓を締め付けて、呼吸が浅くなる。
「……失礼、しました」
謝罪の言葉を紡ぎ、深く頭を下げた。阿扇は、思わず口の中を噛んだ。血の味がする。その苦みが、玉蓮の言葉の重みをさらに増幅させる。
しかし、頭を下げた頭上からは、花が溢れるような笑い声が聞こえてくる。
「阿扇は、想い人はいないのですか?」
唐突な問いかけに、阿扇は顔を上げた。玉蓮の悪戯っぽい視線に、眉根が寄せられる。
「……突然なんですか」
「玉の見分けができる武人などそうそういませんもの。女子に詳しいのかと」
玉蓮は、くすくすと笑いながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
「私には、崔瑾様だけです」
きっぱりと言い切った阿扇の言葉に、玉蓮は目を見開き、頬を微かに染めて両手で口元を押さえる。
「まあ……!」
胸中に、うんざりした溜息がこだまする。この姫は、人の言葉を、どこまで、どう捻じ曲げて解釈すれば、気が済むのだ。
「……想像されているものとは、違います」
「それでも、素敵なお話です」
玉蓮の顔には、人の心を弄ぶような、どこか小憎らしい笑みが浮かんでいる。
(この女は、一体、何なのだ)
氷のように冷たい瞳で、地獄を語ったかと思えば、次の瞬間には、悪戯な子供のように、人の心をかき乱す。淑やかさと、不遜さ。気高さと、奔放さ。その、あまりにも矛盾した全てが、一つの魂の中に同居している。
阿扇は、理解することを諦めて、深く息を吐いた。
「私は、男色ではありません」
阿扇はそう付け加えた。しかし、玉蓮はさらに面白がるように、くすくすと笑い続けている。その、楽しげな声に、阿扇は、こめかみを押さえた。




