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七十二話 塞がる道 2


 崔瑾は、その玉座の前で、手始めにある真実を明らかにしようとしていた。朝議が始まり、崔瑾が証拠の書を提示した瞬間、大臣たちの間には緊張と好奇の入り混じった空気が走った。


「周礼の一族が、国境の兵士たちに送られるはずの武具を横領し、代わりに、使い物にならぬ粗悪品を納入していた証拠でございます。このために、どれほどの兵が犬死にさせられたことか。これは国を内側から(むしば)む大罪にございます」


 朝議(ちょうぎ)の間には、驚きと動揺なのか、ざわめきが広がる。周礼は一瞬、その蛇のような顔を引き()らせたが、すぐにいつもの粘つくような笑みを浮かべ、涼しい顔を貼り付けた。


「おや、崔瑾殿。それは人聞きの悪い。戦で兵が死ぬのは当然のこと。この戦乱の世、誰もが承知していることですぞ」


 問題など存在していないかのような軽薄な響き。周礼は崔瑾の視線を避けて、居並ぶ大臣たちに視線を送る。


「粗悪品とは失礼な。武器を新調し、国庫も潤っているではないですか」


「軍のものに手を出したというのか。吏部尚書の権限に兵部が含まれるとでも?」


「私が直接取引などした記録などないでしょう。兵部の張将軍が取引をしているはず。何より、国の高貴な方のご意向でもあるのです」


「何を——」


「この商いが、国を豊かにし、ひいては大王様の御威光を輝かせる一助いちじょともなり得るのです。もっと広い視野でことを見られることをおすすめしますぞ」


「……崔瑾、周礼は我ら王族のために身を粉にして働いておる。お前は国庫を潤すという考えがどうも足らん。軍に金をつぎ込みおって」


「大王、武器がなければ戦えませぬ」


「王族の権威が薄まれば、それこそ国威に関わるであろう。大都督・崔瑾。大国といえど金は無尽蔵に湧いてくるものではないのだ。金の遣い方は、私と母上に任せよ」


 崔瑾は眉を(ひそ)めた。周礼という蛇の首が、この国の、最も(くら)い闇へと繋がっている。背筋がぞわりと粟立ち、視界の端が微かに揺れる。足元の床が、波打つように重く沈んでいく。







 屋敷の書斎に戻り、傍らの水差しから杯に水を注ぎ、それを一気に飲み干した。喉は冷たいが乾いたままだ。溜息は体の奥底から漏れ落ち、顔を覆った手に、微かな震えを伝えた。


 脳裏に蘇る、あの粘つくような周礼の笑み。そして、居並ぶ大臣たちの事なかれ主義の目。崔瑾は、卓の上で拳を固く握りしめた。血管が浮き上がり、関節が白くなるほどの力で。


(——守れるのか。民を、兵を、そして——)


 その時、不意に静かな衣擦れの音がした。はっと顔を上げると、いつの間にか、玉蓮がそこに立っていた。午後の淡い光を受け、清楚に輝く桃色の衣と玉の髪飾りが、彼女の美しさを際立たせている。


「旦那様……」


 玉蓮の控えめな声が、凍てつくような心の中に吸い込まれていく。腹の底が焦げつくように熱くなる。鼻の奥がつんと痛み、唇が震える。


「兵たちは、国を、民を守るために命を散らしてきた——それなのに、私は」


 一瞬、声が震える。


大都督(だいととく)でありながら、この国を守れないのか」


 崔瑾の脳裏には、国境で異国と戦い、散っていった兵士たちの顔が次々と浮かび上がる。ひたすらに国のために捧げられた命たち。


 彼らは決して名もなき民ではない。一人ひとりが、誰かの親で兄で、弟で、息子なのだ。剣を取り、盾となって戦い抜いた彼らの声にならない叫びが、頭の奥でざわめき、胸を揺らす。彼らの死が無意味であってはならない。


(——進め。歩みを止めるな)


 無意味なものになど、してはならない。


「……すみません。落ち込んでいる場合ではありませんね。今、止まれば、全てが終わってしまう」


 崔瑾は、自らを鼓舞するように、固く拳を握りしめた。そこに白く柔らかい手が重ねられる。思わず顔を上げると、今にも泣き出しそうな玉蓮の顔があった。その瞳は潤み、唇は微かに震えている。


「玉蓮殿……」


 崔瑾は、重ねられた玉蓮の手に、そっと自分の指を絡める。ひんやりとした手から、じんわりと広がる熱に、胸の内が波打った。

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