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六十八話 霜牙(そうが)の地 2

「略奪に成功したと信じた彼らは、勢いに乗って砦へ雪崩れ込む。そこは周囲を断崖に囲まれた地。彼らが砦で水を奪い合い、馬を降りたその瞬間こそ、風を失った騎馬民族が最も脆弱になる時です」


 玉蓮はさらに指を動かした。


「四方の崖に弓隊を伏せるのは当然。ですが、真の仕掛けはその先。砦の裏手、唯一の脱出路である湿地帯への道だけは、あえて、細く開けておくのです」


「……逃げ道を作るのですか?」


「完全に包囲すれば、彼らは死兵と化して凄まじい反撃に出るでしょう。ですが、目の前にぬかるみだったとしても、逃げ道があれば、そちらへ逃げ込もうとする」


 玉蓮の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「馬斗琉、先ほど言いましたね。板を渡さねば馬が沈む(あし)の帯があると。精鋭をその湿地に潜ませ、逃げ込んできた敵を泥の中で討ちましょう。馬を失い、足を取られた騎馬民族は、もはやただの獲物です」


「……み、味方の血を流さず、敵の渇きを利用して、その足を泥に沈める……」


 馬斗琉の豪放(ごうほう)な顔が、すっと色を失った。その唇が何か言いかけて閉じ、拳が卓の下でわずかに震えた。


「玉蓮殿、この策、お見事です。流石は劉義(りゅうぎ)殿の門下生」


 隣の崔瑾は、静かにこちらを見つめていた。馬斗琉が深く息を吸い込み、崔瑾に視線を向ける。


「崔瑾様、この策ならば勝てるやもしれません。ですが——策がどれほど完璧であっても、それを実行する駒が腐っていては、意味を成しませぬ」


「ああ、あちら側が口を出してくるだろうな」


「一年半ほど前の白楊(はくよう)国との戦。あの張将軍の二の舞になることだけは、避けねば」


 その名が出た瞬間、書斎の空気が僅かに凍り付く。崔瑾は何も言わずに、瞳だけで馬斗琉に言葉の続きを促す。


「……あの無能な男が、なぜ要職に抜擢されたのか。今もって、腑に落ちませぬ。あの人事のおかげで、我らは無駄な血を流しました。兵站(へいたん)は滞り、白楊(はくよう)に全滅に近い形で敗北したのです……」


 馬斗琉は憎しみを抑えるように吐き捨てる


「あの不可解な人事を推挙したのは……」


「……吏部尚書、周礼(しゅうれい)殿だな」


「はい」


 二人の声は、どこまでも静かだった。崔瑾の瞳の奥で、今まで静かに沈んでいた刃が、わずかに光を返した。そのきらめきに、玉蓮は一瞬、胸の奥がざわめくのを覚えた。

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