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六十四話 正義の一手 1

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇


 王宮の内庭で、崔瑾(さいきん)は、白楊(はくよう)国の使節団が到着するのを、静かに待っていた。


 隣に立つ周礼(しゅうれい)から漂ってくる、甘ったるい香の匂いが、鼻をつく。まるで、熟れすぎて腐る寸前の果実のような、不快な香り。その香りの主は、粘つくような笑みを浮かべている。これから現れる進物を、品定めする目だ。


 やがて馬車が到着し、使者の手がその扉にかかった。



白楊(はくよう)国・公主、玉蓮様ご到着にございます」



 最初に現れたのは、血のように鮮烈な赤。その絹の衣を(まと)い、現れた女の姿に、思わず崔瑾は息を呑んだ。雪で出来た人形のように、一切の感情を映さない白い顔。


「ほお、これは……」


 周礼(しゅうれい)の口から、感嘆の声が漏れた。その瞳の奥には、極上の獲物を見つけたかのような、下劣な光が、爛々(らんらん)と宿っているのが見てとれる。


「……月貌(げつぼう)の華、か。なるほど、なるほど。これは噂に違わず。これを後宮におさめねばならんのは、少々惜しいな」


 その隣に立つ崔瑾は、静かに彼女を見つめていた。わずかに引き結ばれた唇の端。袖の中で、おそらくは固く握りしめられているであろう指先の、微かな震え。そして何より、(うつ)ろに見える瞳の奥、その一点にだけ、まるで消えない熾火(おきび)のように宿る、(くら)い光。


 初めて出会った日と同じように、凛として(またた)く純粋な光。その二つが、薄氷の上で揺らめく炎のように、危うい均衡を保っている。ここにいる男たちの視線を一身に浴びながらも、玉蓮は、その瞳で正面の王宮の楼閣(ろうかく)を見上げている。


(ここで、この光を、喰わせてはならない)


 そこに一歩進み出てきたのは、銀糸(ぎんし)の紋様が施された緑青(ろくしょう)色の衣を纏った老宦官(かんがん)。袖口から伽羅(きゃら)がかすかに漂う。手を差し伸べたその時。


「お待ちいただきたい」


 崔瑾は、(ふところ)からおもむろに印綬(いんじゅ)を取り出した。紫の組紐(くみひも)が揺れ、現れたのは、青銅の印。方形(ほうけい)のその上には、つまみとして、砂漠を行く駱駝(らくだ)鎮座(ちんざ)している。


 印面に刻まれた「大都督(だいととく)之印」の五文字が、彼の権威を絶対的に示す。周礼(しゅうれい)が甘ったるい笑みを浮かべて、崔瑾の前に進み出る。

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