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六十一話 進物の罪人

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇


 玉蓮の雛許(すうきょ)への帰還は、まさに罪人の護送そのものだった。


「おい、本当に大丈夫だろうな。あの赫燕(かくえん)軍の将だぞ」


「武勇、知略ともに怪物(ばけもの)だ。いつどのような行動に出るかわからぬ。皆、警戒を怠るな」


「敵国に届けられるのだ。逃げてもおかしくない。そうなれば、我らの首が飛ぶ」


 馬車の外から聞こえてくる兵士たちの声。その一つひとつが、分厚い壁を隔てた向こう側の出来事のように、どこか遠く、現実味なく響いている。外の騒がしさとは裏腹に、心の中は静かな湖のように()いでいる。過去も、未来も、今は遠く、(かすみ)の向こう側。


 道のりの途中、護送の兵士の声が、馬車の中で静かに座る玉蓮に届いた。


「公主、どうかご辛抱を。もし、この場で逃げ出そうとなされば、お母君の一族が、いかなる処置を受けるか」


 兵士の声は、これまでの無遠慮な響きを潜め、どこか躊躇(ためら)いがちな、ぎこちない響きを帯びている。


 玉蓮はゆっくりと馬車の窓の(とばり)を上げ、一瞬、冷たい風が頬を撫でるのを感じる。そして、その視線を馬上で声をかけた兵士に向けると、玉蓮の唇の端が、す、と自然に吊り上がった。


「ッ……!」


 玉蓮の微笑(ほほえ)みを見た兵士は、思わず一歩後ずさるようにして、馬上でその体を反らせた。


 玉蓮は、その凍りつくような瞳を真っ直ぐに見つめ返す。手綱を握る兵士の手が白くなるのを視界の端に捉えて、再び静かに窓の布を下ろした。


 馬車が揺れる。車輪が重苦しい音を立てて。ふと、胸元の紫水晶を強く握りしめた。石の、鋭いほどの冷たさが手のひらの皮膚を刺す。赫燕に与えられたそれが遠ざかりそうになる意識を、この現実へと無理やり引き戻してくれる。


 ついに雛許(すうきょ)の城門をくぐり、馬車が白楊(はくよう)の王宮の敷地内で静かに停まる。護送の兵士たちが扉を開けると、そこに立っていたのは、白楊の大都督である劉義(りゅうぎ)と、劉永(りゅうえい)だった。劉義の眉間には深い皺が刻まれ、劉永は、苦しげに顔を歪めて、何かから目を逸らすように一度だけ首を振った。


「玉蓮……」


 重い空気が漂う中、玉蓮はゆっくりと馬車から降り立つ。


「私の失態だ」


「先生。大王の御裁可(ごさいか)でしょう。玄済(げんさい)国から戦の賠償を増やすとでも言われたのかと」


「だが……」


 育ての親とも言える師の声は、絞り出すように、か細く掠れていた。それだけで、それが「どう」決められたのか想像できるというもの。


「戦の後に婚姻が結ばれ、和睦(わぼく)へと繋ぐは定石(じょうせき)。それが、此度はわたくしの役目だっただけです」


「政治のための犠牲だと! そんな理屈がまかり通るのですか!」


 劉永が、声を荒らげた。その瞳が、まるで自分自身を責めるかのように、暗く揺らめいている。劉永の前でその歩みを止めて、彼を見上げる。


「……僕が、もっと早く君を娶っていれば、こんなことには」


 伸ばされた劉永の手。傷だらけの玉蓮の手を、いつも包み込んでくれていた温かい手。この手をとれば、劉家がきっと守ろうとしてくれる。劉義も、劉永も、温泰(おんたい)も。だが、そうなれば政敵が劉家を追いやる口実にするだろう。玉蓮は、その手を取らなかった。


「……ありがとうございます、(えい)兄様」


 小さく息を吸って、玉蓮はかすかに震える唇を引き結んだ。


「ですが、これで良いのです」


 真っ直ぐに、彼の目を見つめ返す。


「玉蓮」


「わたくしが公主として生まれ落ちた定め。『公主としての責務』を果たさなければ」


 そう言い切って、玉蓮は前を見据えた。

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