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六十話 無慈悲な勅命(ちょくめい) 2

 父が、いや、王が下した決定。姉の時と同じように、まるで牛や馬を売るかのように、大臣たちと密かに、しかし、あっさりと決められたであろうことが容易に想像できた。玉蓮の脳裏には、かつて姉の血のように赤い婚礼衣装が蘇る。玉蓮の手のひらに爪が食い込んでいく。


「……ふ、ふざけんじゃねえ!」


 牙門が近くの椅子を蹴り倒す音が、轟音(ごうおん)となって響く。床に転がった椅子は、不規則な音を立てて滑っていく。


「そんなのありかよ……」


 (せつ)の忌々しげな声が、牙門の激昂とは対照的に(なまり)のように重く耳に届き、彼の腕が使者の視線を遮るように玉蓮を包みこむ。


 その、ほんの一瞬の隙。玉蓮の視界の端で、それまで微動だにしなかった子睿(しえい)の影が、ゆらり、と動いた。彼がいつも手にしている扇が、まるで音もなく滑るように、使者の元へと伸びていく。その扇の先端から、きらり、と。髪の毛よりも細い、毒を塗った針が覗いていたのを、玉蓮だけが見ていた。


「子睿」


 喉から絞り出すような声で名を呼ぶ。


 子睿の動きがふ、と止まる。いつもは細められているはずの瞳が、珍しく見開かれ、凍てつくような光で玉蓮を射抜いていた。彼の問いかけるような視線に、玉蓮は首を小さく横に振る。


「……玉蓮、行くな。俺たちが」


 (じん)の手が玉蓮の肩を掴み、力が込められる。


「理解しておられると思うが……逆らえば斬首。いくら赫燕将軍の軍とて王の決定は覆せぬ。公主は、その責を果たされよ」


 使者の声は、依然として冷たい。


 視界が(にじ)み、膝の感覚が遠のいていく。耳元では、風でもない何かが、ざわざわと囁いていた。体の奥底から、凍てつくような冷たさが這い上がり、呼吸すらままならない。


 玉蓮の周りから色も音もなくなるように、世界が遠ざかる。政治の道具として、姉と同じく敵国へと送られるその事実に、姉を無惨に殺した男の元に贈られる未来に、胸の奥で、ごう、と音をたてた小さな炎が風に(あお)られて火の粉をあげた。


「公主、勅命(ちょくめい)である。受けとられよ」


 拒めば、赫燕軍が討たれる。逃げれば、力を持たぬ母の一族が処断される。


 玉蓮は、刹の腕から抜け出し、使者の目の前で(ひざまず)いた。自らの胸の内で、(くら)い炎が逆巻く。


「……ありがたく」


 巻物を受け取り、彼女は瞬きもせずにそれを見つめた。父からの最初で最後の言葉を。やがて、玉蓮はゆっくりと天幕の外へと歩き出した。


「玉蓮……」


 朱飛の声を背中に受けながらも、それに振り返ることもせずに。

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