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五十九話 心の音 2

 生きている。あの日、自分のために血を流し、倒れたこの男が、今こうして生きている——。玉蓮の頬に、熱がじんわりと広がっていく。


「……お前は、それが好きだな」


 玉蓮の髪を指に絡めながら、少しだけ不思議そうな、また少しだけ諦めたような声で彼が呟くから、玉蓮は、ふふと笑みを溢してしまう。


「あなたの、心の臓の音を聞いているのです」


 今度は赫燕が、ふ、と短く息を漏らすように笑った。


「悪趣味なやつだ。俺が生きているか確かめているのか」


 悪態をつくような言葉とは裏腹に、その腕は玉蓮をさらに深く抱き寄せた。


 彼の首元で、静かにゆらめく紫水晶の飾りが、玉蓮の額にひんやりと冷たく触れる。その瞬間、玉蓮は同じように確かな重みを持つ、もう一つの石の存在を確かめるように胸元に手をやった。対をなす紫水晶。


 赫燕の力強く、しかし規則的な鼓動に身を委ねる。どこまでが自分の肌で、どこからが彼の肌なのか。その境界線が、彼の熱にじわりと溶かされていくようだった。彼の心の臓の音が、自分自身の命の律動になっていく。


 外界のあらゆる喧騒(けんそう)が遠ざかり、世界の全てが、この腕の中にある一つの鼓動と、一つの温もりだけになっていく。


 玉蓮は、微睡(まどろ)むように目を閉じた。




「……(むつ)まじいということは、誠に美しいことですね」




 いつの間にか入り込んでいたのか、子睿(しえい)の声が玉蓮の耳に届いた。入り口の方を見れば、そこには子睿と朱飛がいた。


 驚いて赫燕の腕から飛び降りようとする玉蓮を、力強い腕が押さえる。


「入れとは言ってねえ」


 赫燕の不機嫌そうな声に、子睿は臆することなく応える。


「私たちが来ていることに気づいても、やめなかったのはお頭でしょう? まったく、いつまで待たされるのかと」


 自分たちに向けられる視線に、玉蓮の頬が熱を持ったように火照る。


「お頭、もう傷は大丈夫そうですね。元気そうで何よりです」


 朱飛が口元に、普段の彼からは想像もつかないような、からかうような笑みを浮かべて、そう続けた。


「朱飛、嫌味なら通じねえぞ」


 赫燕はそう言い放ったが、その声は、戦場で聞くような、全てを切り捨てる刃の鋭さを持っていない。それはまるで、じゃれ合う獣が牙を隠して甘噛みするかのような響き。


 玉蓮は、そんな彼らのやり取りを微笑(ほほえ)ましく見つめながら、まだ頬に残る赫燕の温もりをそっと確かめていた。

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